リーベ市防衛戦(十九)

 この三日間、妙に戦況が膠着こうちゃくしている。帝国でも武名高いカチュアが離脱した混乱もあるのだろうが、それにしても静かすぎはしないか。




 ともかく、私にとって三日間の完全休養というのは有難かった。魔人族ウェネフィクスファルネウス、魔術師カイナ、達人エスペルトカチュアとの連戦で体力魔力ともに底をついていたから。


 そのカチュアも私以上に負傷しており、治療にはしばしの日数を要する見込みだ。個人的には【治療ヒーリング】の魔術で治療してあげたいところだが、このリーベ城塞でラミカしか習得していない上級魔術を捕虜に使うことはできない。


「ねえカチュア、お菓子食べるー?」


「……食べる」


「いや、プラたんには聞いてないよ?だいたい何で二人がいるの?」


「ラミカ、プラたん、気を使ってくれてありがとう。でも今はちょっと食欲がないかな」


 それにしても、敵国の捕虜に対してこの扱いはどうなのか。私がカチュアに昼食を届けに行くと知るや、ラミカとプラたんがついてきてこの有様だ。これでは軍学校の学生寮と変わらない。


 カチュアの様子はといえば、素直に治療も受けてくれるし食事も採ってくれる。すぐに立ち直れる訳ではないだろうが、たびたび私達と会うことで少しずつ生気を取り戻しつつあるようだ。

 このあたりはアホの子に見えて実は気遣いができるラミカのおかげもあるだろう。多少の軍紀の乱れには目をつぶって良いのかもしれない。




 妙な来客があったのは夕刻になってから。


 戦況に動きがないとはいえ、その男はふらりと一人でリーベ城塞の城門近くに現れたらしい。城壁上の兵士に名前を告げ、巡見士ルティアユイならば自分の身分を証明できると言い張って無理やり城内に入ったという。そんな事をやりそうな人といえば……一人だけ心当たりがある。


「よう。久しぶりだな、お嬢ちゃん。こいつらに巡見士ルティア仲間だって言ってやってくれよ。疑われて便所にも行かせてくれねえんだよ」


「よく生きてましたね、ミハエルさん。あなたが姿を消しちゃってからこっちも大変だったんですよ?」


「悪い悪い。ま、遅かれ早かれ追われてただろうけどな」


 兵士にこの男の身分を保証することを告げると、ミハエルさんが両手を広げて抱きつこうとしてきた。私が軽く身をかわすと大袈裟おおげさによろけて見せる。


 この人がフェリオさんと私との三人でハバキア帝都ミューズの潜入任務に就き、消息を絶ったのは半年ほども前だ。そのミハエルさんが何故ここにいるのか。どうもこの人の行動理念は私の想像を超えたところにあるようで、思惑や言動を読めないことが多い。


「で、フェリオとはどこまで進んだ?」


「何もありませんよ。ミハエルさんこそ、こんな所まで何をしに来たんですか」


 帝都からの帰路は追手から逃げ回ったり、フェリオさんが捕らえられたり、カチュアに追い詰められたり。実はフェリオさんとも色々あったけれど、この人に伝える義理はない。


「いやあ、嬢ちゃんがずいぶんご活躍と聞いて、見に来たのさ」


「そんな事でいちいち来ないでください。一体何を掴んだんです?」


「帝国軍別動隊の進軍経路と、その指揮官」


「……」


「司令官殿に会わせてくれるかい?」


「……ご案内します」




 忽然こつぜんと消えたかと思えばふらりと現れる、しかも特大の手土産てみやげを持って。彼はそういう人だ。


 どうやら現れた役者も事の重大さも、私の能力と権限を超えているようだ。ここはカミーユ君の出番だろう。

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