リーベ市防衛戦(四)

 帝国軍の包囲を解き、城塞都市リーベに輸送隊が到着すると、城内から歓声が上がった。


 これは単純に兵力と物資が充実するだけでなく、今後の輸送の安全を保証し、エルトリア軍主力と連携を取れるようになったことを意味している。これまでの苦戦が報われたというものだ。


「おーい、ユイちゃん」


「やっぱりラミカだったんだ!」


 ぽっちゃり体型の魔術師が手を振ってぽてぽてと歩いてくるが、いつまで経っても距離が縮まらないので、こちらから駆け寄り手を取った。


暴風ウィンドストーム】で完全武装の兵士をなぎ倒すなど並みの魔術師ではないし、それほどの魔力の持ち主ならば、普通は【炎の嵐ファイアーストーム】などの大規模破壊魔術で多くの敵兵を殺傷しようとするはずだ。味方の損害を抑えつつできるだけ帝国兵の死傷者を出さない配慮は、アホの子に見えて意外と周りが見えている彼女らしい。


「来てくれてありがとう!助かったよ」


「なんだよう、揉むなよう」


「カミーユ君に呼ばれたの?」


「そうだよー」




 カミーユ君の到着が開戦に間に合わなかったのは、おそらくラミカ以外にも様々に手配をしていたためだろう。いや。彼のことだから、効果的な登場を計算していたのかもしれない。確かにこの一戦で士気は上がり、新しい司令官の下でなら戦える、という声が聞こえてくる。


「あの、僕も……」


「ユッカ君!久しぶりだね」


「昨年はお世話になった。こ、今度は僕が助ける番だ」


「うん。期待してるよ」


 特長的な金色のおかっぱ頭、珍しい姓名、ユッカペッカ・メブスタ君。私とラミカが関わった一件で今は男爵家の当主になっている。

 後ろに控えて一礼する半白髪の騎士はアロイスさん。彼の手腕は頼りになるし、メブスタ男爵家の兵も一〇〇名は下らないだろう。


 ラミカやユッカ君との急な再会には驚いたが、考えてみれば必然のことかもしれない。

 私達が通っていたのは軍学校だ。卒業後は多くの者が軍に所属し、あるいは公職に就き、そうでない者は十年間の予備役扱いとなる。

 ゆえにラミカは兵役をまぬがれないし、ユッカ君は男爵家当主であるためそれには該当しないが、エルトリア王国に列する貴族である以上は参戦の義務がある。

 さらにこの二人は王国南端の地に居住しており、このリーベ市とは二日と離れていない。カミーユ君から声が掛からなくても、いずれはこの町に集ったことだろう。




 擬装された輸送隊に少し遅れて、午後には本物の輸送隊が到着した。大量の食料、衣料、医薬品、天幕、予備の武器などに加えて、酒や茶、菓子など大量の嗜好品しこうひんが皆の目を引く。


「やあ、届いたようだね」


「カミーユ君、ずいぶん変わった物まで持ってきたね」


「そうかい?全部必要な物だろう」


「お酒やお茶どころかお菓子まであるじゃない。それにあの格好は調理兵?」


「交代要員、良質な食べ物、十分な医療体制、休息を充実させるための施設や嗜好品しこうひん。これらが揃って初めて、兵士は実力を発揮することができるんだ。立派な武器や防具なんてその後さ」


 確かに彼の言う通りなのだろう。苦戦続きだった小隊の皆も目を輝かせているし、さっそく芋を揚げたお菓子を抱えてラミカは満足げだ。


「ユイさん、小隊長を集めてくれないかな。新しく来た兵に守備を任せて、半分ずつ休息させるから」


「あ、うん。わかった」




 小隊の皆にラミカを加えて、木陰でささやかな酒宴が開かれた。


 樽のままの葡萄酒に麦酒エール、干した肉や魚に乾燥させた果実、砂糖菓子まで。久しぶりの休養と十分な補給を頂いて、新しい司令官の評判は上々だ。


「腹いっぱい飯が食えて、明日のことを考えずに酒が飲めるとはなあ。生き残って良かった」


「魚なんて久しぶりですからね。隊長、司令にお礼を伝えてください」


「ねー。お菓子持ってくるなんて、カミーユ君もわかってるよねー」


 私も麦酒エールの杯を右手に、炒り豆を左手に持ってうなずく。色々あって離れてしまったラミカとの再会も嬉しい。いつの間にか小隊に溶け込んでしまっているのも、人懐っこい彼女らしいと思う。




『最前線において全ての物が満たされているなんてあり得ない。何をどこにどれだけ準備しておくのか、どうやって必要な物を必要な場所に送り届けるのか。全くもって計算通りに行くものじゃない』




 北部方面軍で参謀を務めていた頃、カミーユ君はそう言っていた。


 他を圧する武勇や敵をあざむく奇策よりも、万全の準備と計算された勝敗。

 これが彼の真価であり、目指す将軍ヘネラールというものなのだろう。

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