リーベ市防衛戦(三)

 夜明け前に町を出た私達は山中を進み、午前中には街道をゆっくりと進む隊列を見つけた。エルトリア本国からリーベ城塞に向かう、待望の輸送隊。


 それを山中から見下ろすのは自分の小隊も含めて三隊、総勢四十名弱。他にも数隊が伏せられているが、精強な帝国軍と一戦交えるには心もとない数だ。


「隊長」


「ん?」


「カミーユ司令とはお知り合いなんですか?」


「うん。軍学校の同期生だったんだ」


「やっぱり学生時代から優秀だったんですか?」


「うーん、そうだね。全く剣を使えないのに次席で卒業したくらいだし」


「へええ……」


「だから安心していいよ。私達に負けいくさをさせるような人じゃないから」


「そうですか……」


 司令官として赴任したカミーユ君に対しては、小隊の兵士達もまだ半信半疑といったところだ。彼が兵士達の信用を得るためには、必ずこの作戦を成功させなければならない。

 それはおそらく後々の戦況にも影響する。今日の戦いは目先の勝ち負けだけでは済まない、大事なものになるだろう。




 延々と続く荷車の列、それらを牛馬に引かせず人力で運んでいる。これほどの物資と兵が到着すれば、城塞都市リーベはしばらく戦い続けることができるだろう。

 だが、このような規模の輸送を帝国軍が許してくれるだろうか。既に察知され、襲撃の準備を整えているのではないか……


「敵襲!敵襲!」


「左より帝国軍!」


 山中から黒い軍装の帝国兵が現れ、輸送隊が迎撃の準備を整える。


「予定通りですね。続いてください!」


 ここまではカミーユ君の思惑通りだ。私は三個小隊とともに斜面を駆け下りた。




 大規模な輸送隊が接近中。カミーユ君はわざわざその噂を流しながら、堂々とリーベ市に来たらしい。

 となれば、もちろんこれは普通の輸送隊ではない。荷車にかぶせられていた布やむしろが取り払われると、既に矢をつがえた兵士が待ち構えていた。


「斉射!」


 多くの兵が倒れ伏し、さらに矢を浴びながらも帝国軍は盾をかざして輸送隊に迫る。その一団を突如として暴風が包み込んだ。


 いや、暴風などという言葉で済まされるような代物しろものではない。それをまともに受けた兵が宙に舞い木々に叩きつけられ、盾も兜も軍装の一部までもが彼方に飛び去ってしまう。地に伏せて難を逃れた帝国兵が、周囲に誰もいないことに気づいて慄然りつぜんとする。


 破壊魔術での反撃があることは事前に伝えられていた。【暴風ウィンドストーム】の魔術に違いないのだが、この規模と威力は尋常ではない。これはもしかして……


「抜剣!帝国軍を挟撃します!」


 輸送隊を襲撃した帝国軍は五百をはるかに超える数だったようだが、手痛い反撃を受けた上に伏兵に遭い、もはや隊列も指揮系統もあったものではない。

 散り散りに逃れる帝国兵を追い立て、逃げ遅れた者を捕らえる。これまで追われるばかりだったというのに、新しい司令官が到着した途端に立場が逆転してしまった。




「追撃中止。撤収しましょう」


 輸送隊に擬装した部隊で痛撃を与え、十分に追撃して勢力圏から帝国軍を追い出した。これ以上の戦闘は無意味なのだが、初めての勝ち戦に調子づいてしまう者もいる。さんざん追い回した敵兵を背後から斬り倒し、快哉かいさいを叫ぶエルトリア兵が次の獲物を求めて走り出す。


「待ちなさい!それ以上の追撃は無用です!」


 私らしくもなく厳しい声を上げたものだが、残念ながらそれも間に合わなかった。新たな獲物に剣を振り上げた兵士は次の瞬間、首から上を失っていた。


 残された体がぐらりと傾き倒れる。その奥から現れたのは、血濡れた細月刀セレーネを手にした黒髪黒目の女性。その背後にはいかにも屈強な兵が整然と控えている。


「ユーロ侯爵軍!」


 誰かが引きつった声で叫んだ。


 鍛え抜かれた精鋭、一糸乱れぬ統率、その名はエルトリア軍にとって恐怖の象徴だ。彼らを率いる『黒の月アテルフル』という異名の女性剣士も。




 懐かしさに胸が詰まる。こんな場所でこんな状況でもなければ、駆け寄って両手を握りたいところだ。


 何でもいいから話しかけたいのだけれど、言葉がうまく出てこない。ただ唇を噛んで、かつての親友を見つめることしかできない。

 彼女からも言葉はなく、背を向けて立ち去るのみ。その姿が消えるまで見送っていたが、一度もこちらを振り返ることはなかった。




 小隊の若い兵士がかすれた声で尋ねた。


「隊長……あの女性は何者ですか?」


「友達だよ。……昔の友達」

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