リーベ市防衛戦(二)

 ルッツ小隊とともにリーベの町に帰還し、負傷者に手当を施してつかの間の休息。


 戦死者が出なかったのは幸いだけれど、日に日に負傷兵が増えて各小隊の人数が減っている。このままでは遠からず完全に包囲されるだろう。そうなれば物資が届かず、城塞都市リーベは立派な城壁を残したまま干上ひあがってしまう。

 エルトリア軍の主力が近くまで来ているはずなのだが、その連絡も途絶えがちだ。到着前に帝国軍に飲み込まれてしまうのではないか、という不安が兵士たちの間で渦巻いている。




「ユイ君、援護に感謝する」


「いえ。ルッツさんもご無事で何よりです」


 私と同じく小隊長を務めるルッツさんとは面識がある。公職試験の武術試験で手合わせしたのが最初で、その後五十日間の武官研修を共にし、後には彼が一度騎士資格を失った事件を調査したものだ。

 小隊長の中でも特に武芸にひいでた人物なのだが、その彼でさえ軽傷を負っていることが現在の戦況を物語っている。


「新しい司令官が来るのは今日だったかな?」


「はい。でもこの状況では、無事に到着できるかどうか」


 リーベ市の防衛司令官は、開戦前から太守であったブラトさんという老齢の人物がそのまま務めている。だが彼は温厚で寛容な有徳の人ではあるものの、拠点司令官としてはいささか心もとない。具体的な戦略戦術などは無く、帝国軍の迎撃はそれぞれの前線指揮官に任されているというのが実状だ。


 どこから仕入れてきたものだろうか、小隊の兵士達も口々に新旧司令官の噂話を始める。


「ブラト司令はいい人なんですがね……」


「平和な時代の太守は適任だったんだがな。こんな事になって気の毒だ」


「でも新しい司令が到着したところで、我々と一緒に引きこもるしかないでしょう」


「せめて物資も一緒に持ってきてくれると助かるんですがね」


 そのような中、最も若い兵士が手を上げた。もうすぐ二十一歳になる私よりも年下なのは彼だけで、年齢が近いのでよく話し相手になってもらっている。


「あの、噂では女性だって聞きましたけど……」


「女性?その司令官が?」


「はい。軍学校を優秀な成績で卒業して、北部方面軍で蛮族や魔獣を相手に活躍したとか」


 私はルッツさんと顔を見合わせて、首をひねった。


「ユイ君も軍学校出身だったね。思い当たる人物はいるかい?」


「いえ。剣術科にはほとんど女性はいませんし、魔術科は女性が多くても魔術の研究に特化していました。学年が離れていればわかりませんが……」


 女生徒で優秀といえばまずカチュアだが、今では敵国となったハバキア帝国からの留学生だ。魔術科のアシュリーも同様だし、天才魔術師だからといってラミカが司令官など根本的に無理だろう。上級生にそのような人がいたとは聞かないので、後輩からそんな傑物けつぶつが現れたのだろうか。




 その日、夕刻になってエルトリア軍の先遣せんけん隊および新司令官の到着が報告され、私達は壁外に出てその人物を出迎えた。

 濃緑色の士官服、小柄で華奢きゃしゃな体躯、首の後ろで結んだ長い金髪。戦地にあって鎧さえ身に着けていないその司令官は、私がよく知る人物だった。


「カミーユ君!」


「やあ、ユイさん。大変だったみたいだね」


「新しい司令官ってカミーユ君?女性だって聞いてたけど」


「そうだよ。髪を切るのが面倒で伸ばしてたから、勘違いされたのかな」


 カミーユ君とは『大討伐』の際に会って以来だから、一年半ぶりの再会だ。少し体つきが男性らしくなったかもしれないけれど、美しい長髪のせいでむしろ全体的には女性らしく見えてしまっている。




 ブラト司令に挨拶を済ませたカミーユ君は、さっそく指令所の前に前線指揮官を集めた。着任の挨拶とねぎらいの言葉もそこそこに、既に作戦が始まっていることを告げる。


「連戦でお疲れのところ悪いけど、明朝は総員出撃してもらうよ」


 疑念、不満、興味、期待、皆の顔に様々な感情がよぎるのも構わず、彼は続けた。


「この作戦が無事に終われば、防衛に十分な物資と、全員に十分な休養を約束する。我々のより良い待遇のため、帝国軍にはちょっと退いてもらおう」




 新しい司令官は、性別不明の童顔に人の悪い笑みを浮かべた。

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