リーベ市防衛戦(一)
ハバキア帝国から正式に宣戦布告があったのは十日余り前、春の草花がようやく街道の脇に姿を現した頃。
長らくエルトリア王国と友好関係にあった同国だが、皇帝ゲルハルトの登極以来その戦火が止むことは無い。国内の対抗勢力をことごとく滅し、ついにその
両国を
十分とは言えないまでも、軍需物資の調達および集積、都市の拠点化、部隊編制などの準備を整えることができたという意味で、私達の潜入調査も無意味ではなかったと思いたい。
「隊長、何を食べてるんです?」
「保存食だよ。チコルの実を煮て、皮を
「あ、どうも。軍学校で学んだんですか?」
「子供の頃から食べてたけど。『食べられる野草図鑑』に載ってたんだ」
「隊長って意外とたくましいですよね……」
エルトリア王国南東部、城塞都市リーベ周辺の山中。私は戦時ゆえ
長い間放置されていた堀と
城塞への直接的な攻撃はほとんど無いものの、周辺の山間部や湿地帯に帝国軍の小部隊が現れ、散発的な襲撃がある。故にこうして警戒網を張っているのだけれど……
「ルッツ小隊より伝令!敵の小部隊と遭遇、援護求む!」
「了解しました。総員戦闘準備、ルッツ小隊を援護します」
帝国軍の動きは活発で、頻繁に遭遇戦が発生する。
「今日だけで三回目だぜ。勘弁してくれよ」
「これ、そろそろやばいんじゃねえの?」
兵士が不安がるのも無理はない。リーベ周辺の勢力図は帝国側に塗り替えられつつあり、町が完全に包囲されれば本国との連絡も補給も完全に途絶えてしまう。
「総員抜剣!続いてください!」
ルッツ小隊は確か十五名、それを追い立てる帝国兵は二十名程度か。後背を
その混乱する戦場で見覚えのある顔を見つけた。隆々と盛り上がった褐色の身体、波打つ黒髪の女性。ユーロ侯爵家の滞在中に散々な目に遭わされた……いや、お世話になったあの人だ。
「ポーラ少尉!」
「おや、銀髪のお嬢ちゃん。まだ生きてたかい」
「ポーラさんがいるって事は、ユーロ侯爵軍が来ているんですね?」
「あんたが聞きたいことは違うだろ?カチュアお嬢様は来ていますか、って素直に聞けばいいのさ」
「カチュアが来てるんですね?」
「さあね」
「意地悪ですね!」
「なんたって敵だからねえ。それに今は中尉さ!」
厚みのある大剣を受け止め、同時に体を開いて勢いを流す。返しの横薙ぎも弾いて間合いを切った。
「どうやら腕は
「ええ。今日はお酒も飲まされていませんし」
「はは!言うようになったねえ!」
数度剣を合わせたが、互いに致命傷を負わせるつもりはない。ポーラさんも私も余力を残したまま離れることになった。
「草木の友たる大地の精霊、その命の欠片、集いて
木々がざわめき、ちぎれ飛んだ無数の葉が渦を巻いて辺りを包む。
それが静まり、こちらが負傷者の回収と撤収の準備を済ませた頃には、帝国兵も姿を消していた。
やはり彼女も来ているか。
当然ではある。カチュアの生家であるユーロ侯爵家は帝国に属し、武門の
警戒を解き、愛用の
軍学校で出会い、無二の親友となったカチュアにこれを贈られたのが五年前。
あの頃の予感は正しかった。やはり彼女とは、互いの命と刀身を削り合うことになるのだろう。
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