リーベ市防衛戦(五)
半日と間を開けず、続々と人や物資が集まってくる。
ハバキア帝国の侵攻から五十日余り。エルトリア王国南東部、城塞都市リーベは今や一大拠点となっていた。
兵士や軍需物資だけではない。施設を建築する者、設備を維持管理する者、それらの人々に食料や娯楽を提供する商人や亜人種までもが出入りして、むしろ開戦前よりも
リーベ太守のブラトさんは老齢でもあり、拠点司令官としては頼りない人物であったが、カミーユ君に司令官職を譲ってからは文官として本来の力を発揮し、日に日に増える人と物資を適切に管理している。
あのカミーユ君にして「平時の徳者かと思ったら有事の
帝国軍の攻勢が
「臨時の施設にしては立派だね。カミーユ君のことだから宿屋とかを借りて済ませるかと思った」
「んーまあ、司令部機能は大事だからね」
「今、『んー』って言ったよね。また何か隠してる?」
「うん。でも言うつもりはないよ」
「正直だね。じゃあ信用する」
「悪いね」
カミーユ君が「んー」と言う時は何か隠しているのだが、聞いたところで絶対に教えてくれない。様々な状況を想定しての事だろうが、『隠し事をしていることを隠さない』という態度がいかにも彼らしい。
後から合流した中には軍学校の同期生、ハーフエルフのプラたんの姿もあった。
「動力供給の仕事なんて懐かしいね」
「……ん」
「プラたん先生がいなくなって、学校は大丈夫?」
「……しかたない」
兵舎に新しく設置された動力球で熱と水と光を供給するという、この『魔術師にしかできない肉体労働』は、彼女と学生時代に務めたものと同じ仕事だ。
プラたんとは亜人種自治区での一件以来の再会になる。あの時は誤解から危うく敵対しかけたものだが、こうして同じ時間を過ごせば懐かしさが先に立つ。言葉が少ないのも表情が変わらないのもいつも通りで、彼女が私達との再会を喜んでくれていることは耳の動きを見れば明らかだ。
「ラミカもやってみない?」
「私はいいやー」
「ちょっと体を動かした方がいいよ」
「いやー。疲れちゃったら、いざという時に動けないからさー」
「今もいざという時に動けてないよね?」
「……ラミカ、すごく、ぽっちゃりした」
「大丈夫だよー。食事制限してるから」
「お菓子制限した方がいいんじゃない?」
湯上がりのラミカは紅茶色の髪を布で包み、寝転がったまま本を読みつつお菓子を口に運んでいる。学生時代と同じ牛の着ぐるみを着ているが、敵襲があればこの格好で飛び出すつもりだろうか。
動力球は軍学校のものと比べるとかなり小型で、熱や光を供給する量も少なければ時間も限られている。この程度の仕事なら私一人でも十分なのだが、何となく軍学校時代の同期生三人で一緒に過ごしてしまっている。もっと魔術師が集まってくれば、いずれこのような仕事は私達の手を離れるだろう。
実際、エルトリア国内の魔術師は次々と集まっており、その多くは軍学校の魔術科を卒業した者だ。あまり交流のなかった生徒とも再会を果たし挨拶を交わしたものだが、この子のことはあまり思い出したくなかった。
「ユイちゃん、
「……うん。よろしくね」
カイナ。軍学校時代にアシュリー、エリンと共にしつこく嫌がらせを仕掛けてきた子だ。彼女らと一緒にいたリースとはとうに和解を済ませたし、他の二人からは謝罪を受けたのだが、この子だけは違う。「また仲良くしてね」とはどの口が言うのか。
ただカイナは抜け目がなく世渡りが上手い上に、自分の女性としての価値を理解している。同期生であり、この地で最も力を持つ司令官カミーユ君を見つけて
「カミーユ君、私のこと覚えてる?同級生で魔術科だったんだけど」
「カイナさん。何度かお話ししたことがあったね」
「覚えててくれたんだ、嬉しいな。司令官だなんて凄いね、あとで少しお話ししない?」
「まあね。個人的なことを話す時間はないけれど、軍についての意見ならいつでも聞くよ」
そして言葉の端を理解して、相手にされていないと察するのも早い。早々に会話を切り上げて去っていく。
私は正直なところ、カイナを警戒している。彼女からは底知れない計算高さ、何があっても自分だけは傷つかない
エルトリア王国南東部、リーベ城塞。
この地に人と物資を集中させ、戦力を充実させているのはエルトリア軍ばかりではない。ハバキア帝国からも本隊が到着し、黒々と街道を埋め尽くさんばかりに陣を構えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます