テゼルト平原の戦い(五)

「さあ来なさい!魔術師の恐ろしさ、見せてあげるわ」


 アシュリーは胸を反らせて堂々と宣言したものだが、その声が震えている。

 無理もない。剛勇無双の大男が巨大な得物を振り回し、精鋭無比の騎兵三百を従えて真正面から迫るのだから。




「母なる大地の精霊、数多あまたの塵となりて舞い踊れ!【砂塵サンドブラスト】!」


 アシュリーが発現させた【砂塵サンドブラスト】が、大地を踏み鳴らす騎兵隊の眼前で吹き荒れた。砂塵に視界を奪われた人馬がよろめき、隣の騎兵を巻き添えにして土煙の中に姿を消す。地面の起伏に足をとられた馬がつまずき横転する。


「草木の友たる大地の精霊、その長き手を以ての者をいましめよ。【根の束縛ルートバインド】!」


 私が発現させた【根の束縛ルートバインド】で、乾いた大地に亀裂が広がり無数の木々の根が噴き上がる。それに絡め捕られたのはせいぜい三、四騎といったところだろうが、吹き荒れる砂塵の中で後続がそれをかわすことは難しい。急停止する馬の背から騎兵が放り出され、地面に叩きつけられて転がりうめく。いななき狂う愛馬の蹄に骨を砕かれてもだえ苦しむ。


 豪勇メドルーサ率いる無双の騎兵隊とまともに戦うなど論外。そう考えた私達が思いついたのが、乾燥した気候を利用した地味な範囲魔術の応用だった。単純な【砂塵サンドブラスト】でもアシュリーの魔力なら騎兵隊の半ばまで覆うことができる、私の【根の束縛ルートバインド】でも先頭集団を混乱させることができる。直接の損害は軽微でも、機動力と突破力を封じられた騎兵は真価を発揮できないはずだ。




 はずだ、というのはその戦果を確認できないためだ。濛々もうもうと上がる砂塵、人の悲鳴と馬のいななき、その中に諸侯軍が槍先を揃えて突入する。

『剛勇無双』メドルーサもあわや乱刃に刻まれるかと見えたものだが、土煙の中で鈍い光が一閃すると、兜をかぶったままの頭部がまとめて三つ宙に舞った。


「魔術師ごときが小癪こしゃくな真似を!」


 立ち上がったメドルーサは続けざまにげきを旋回、群がる敵兵と砂塵を一息ひといきに振り払った。その暴風のような斬撃には味方の騎兵も巻き込まれていたのだが、この男は気付いたかどうか。




 土煙の中に血煙が上がり、黄土色に染まった視界の中で四方から悲鳴が噴き上がる。いつまでも収まらぬ砂塵に覆われた戦場は混乱を極め、敵味方入り乱れての乱戦になった。


「カチュア!ポーラさん!」


 十歩先さえ見渡せない戦塵の中、いきなり現れた槍の穂先を辛うじてかわす。反撃の一太刀を浴びせようとして、味方を示す白い腕章を認めて慌てて剣を引く。だが言葉を交わそうとしたその兵士の上半身が、何の前触れも無く消し飛んだ。


「うわはははは!見つけたぞ、威勢の良い女。このメドルーサを前にひとつさえずってみるか?」



 

見上げるほどの体躯、生物としての圧倒的な格の違い。あのカチュアの技巧さえ無意味なものにしてしまうほどの暴力が、目の前で人の形をとっていた。

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