テゼルト平原の戦い(六)

身体強化フィジカルエンハンス……!」


 魔術を発現させる暇も無く、斜め上から打ち下ろされるげきが見えなかった。この男が本気なら私は上半身と下半身に分かれていたかもしれない、それほどにメドルーサの斬撃はすさまじかった。


「どうした、何かするのではなかったか?」




 何か言い返す余裕も無く、その挑発には魔術で答えることにした。


「怒れる大地の精霊、今こそ目覚めの者を突き破れ!【大地の槍ロックスピア】!」


 きしむような音を立ててメドルーサの背後の地面が隆起し、先端が敵将を貫くべく突き出される。だがそれは面倒くさそうに旋回させたげきに阻まれ、粉々に砕け散った。




「草木の友たる大地の精霊、その長き手を以ての者をいましめよ。【根の束縛ルートバインド】!」


 足下から木の根が噴き上がり、瞬く間に下半身に絡み付く。しかし男が無造作に歩を進めると、それは虚しく引きちぎられて地を這った。




「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 黒い兜から覗く顔面に向けて放たれたそれは、眼前に掲げられた手甲の表面を僅かにへこませるにとどまった。




「そんな……」


「気は済んだか?ならば首だけは親友とやらに再会させてやるとするか」


 駄目だ、やはりメドルーサには魔術も剣術も通用しない。なら私にできるのは援護を待ち、この男を引き付けて味方の損害を減らすことだけだ。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化・敏捷フィジカルエンハンス・アジリティ】!」


 続けざまに薙ぎ込まれるげきに空を斬らせ、あるいは受け流し、付かず離れずの距離をとる。予測を超える鋭い踏み込みに何度も冷たい汗が噴き出す。うなりを上げる刃が何度も体をかすめていく。




「お嬢ちゃん、無事かい!?」


「無事に見えますか!?」


 思わず軽口を叩いてしまったのは、頼もしい味方の声に安堵あんどしたからだ。ポーラさんが厚刃の大剣でげきを打ち落とし、私をその大きな背中にかばう。

 続いて姿を現したのはロシュフォールさん、ネストールさん、バルタザールさん、ユーロ侯爵軍が誇る三騎士。


「ユイ殿、ご無事で何より」


「見つけたぞメドルーサ!数多あまたの罪、その身であがなえ!」


「我らを相手に無事に帰れると思うなよ」


 四人の手練れが四方を囲む。この人達ならばあるいは、そう思ったのだけれど……


 真横に薙がれた流星戟アステロスの一撃がロシュフォールさんの盾を割り、手甲にまで食い込んだ。宙に弧を描いて落ちるげきをネストールさんとバルタザールさんが二人がかりで受け止めなければ、早くも三騎士の一角が失われていたことだろう。

 その二人さえ返す一撃でまとめて払いのけられ地に転がる。そこに割り込んだポーラさんも恐るべき刃を受け止めるのが精一杯で、身代わりに厚刃の大剣の先半分を失ってしまった。




 メドルーサが薄笑いを浮かべたまま頭上で長大な得物を旋回させる。巨大なドラゴンが尻尾を振り回すごとく、その音が次第に激しく強く鳴り響く。


 四方を囲む四人の勇者が息を呑む。これが振り下ろされた時、いずれかの者が真二つに断ち割られてしまうに違いない。にやりと笑うその目が、四分の一の確率を引き当ててしまった不幸な者を見下ろした。


「ポーラさん!!」


 あまりの力と速度に避けようも受け止めようもない。天から落ちる雷のごとく、重く分厚い刃が女騎士の頭に落下した。

 たくましい長身が真二つに叩き割られるかに見えた直前、その刃に体ごと細月刀セレーネをぶつけていったのは、おそらく考えるよりも先に体が動いたからだと思う。僅かにれたげきが大地を割り砕き、大小の石礫いしつぶてをまき散らす。


「お嬢ちゃん、あんた……」


「っ……だいじょうぶ、です……」


 ポーラさんに助け起こされていたということは、私は倒れていたのだろうか。

 巨大な刃が頭のどこかをかすめたのだろう、視界の右側が赤く染まっている。




 なぜ止めを刺されなかったのだろうといぶかしく思ったものだが、顔を上げると目の前に答えがあった。


 頭髪から軍装、剣の鞘に至るまで黒一色の『黒の月アテルフル』が、人の手には余る厄災と正面から向き合っていたからだ。

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