テゼルト平原の戦い(七)

 荒れ狂うドラゴンの尾ごとき斬撃を身を翻してかわし、受け流し、払いのけること十数合。

 流水の体捌たいさばきと練達の技で凌いではいるものの、やはりカチュアの不利はいなめない。げきに空を切らせて距離をとったのを幸い、短く詠唱。黒い細月刀セレーネの柄頭に嵌められた黒曜石が鈍く光る。


「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初めの力を与えたまえ。【身体強化・腕力フィジカルエンハンス・ストレングス】」


 自身の腕力に魔術の力を上乗せしたことで、先程までのような圧倒的な力の差はなくなった。カチュアの剣がメドルーサの戟を押し返す場面もある。だが。


「カチュア、それじゃ駄目!」


 これでは勝ち目が無い。強化された腕力を活かすためには得物の差が大きすぎるし、【身体強化フィジカルエンハンス】の効果が切れれば疲労と激痛が押し寄せ、その瞬間に勝負が決まってしまう。




身体強化フィジカルエンハンス】の効果で互角に渡り合った百秒が過ぎ、途端に動きの鈍ったカチュアを横殴りの刃が襲う。剣を立てて受け止めたものの、大きく姿勢を崩して勢いを流しようもない。


「くっ……」


「そこまでか。所詮は女よな」


 黒い細月刀セレーネごと持ち主を両断するかに見えた刃を受け止めたのは、私が持つもう一本の細月刀セレーネ。辛うじて手首を返すと、角度を変えたげきは私達の頭をかすめて宙を薙いだ。


「うわははは!これは面白い、これほど長く俺の前に立つ者が女二人とは。両手両足をいで飼ってやっても良いぞ」


「……」


「……」


 品の無い戯言たわごとにわざわざ返事などしない。カチュアも私も、どうすればこの男を倒せるのかだけを必死に考えていたから。




「斉射!」


 一斉に水鳥が飛び立つような音を立ててメドルーサの体に矢が降り注ぐ。いつの間にかロシュフォールさんが弓箭きゅうせん兵に指示を下していたようだ、これではあの化物も無事では済むまい。そう思ったのだけれど……


「つまらん邪魔をするな、虫けらどもが!」


 地響きを立てて迫った巨漢が長大な戟を一閃、二閃、三閃。弓を持った十数人の兵士がまとめて吹き飛んだ。

 黒い鎧に何本もの矢を生やしつつ、不快そうに顔をゆがめて得物を担ぐメドルーサ。私もカチュアも、三騎士もポーラさんも、もはや声もなく立ち尽くしてしまった。


 目の前の男に改めて恐怖する。大地を覆う土煙の中で敵味方の全てが死に絶えてもこの男だけが立ち続け、死屍累々ししるいるいの戦場で高笑いするのではないか。そんな思いが頭をよぎる。




「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 濛々もうもうたる土煙を裂いて数条の光がはしった。それはげきに弾かれ、あるいは黒鎧に阻まれたものの、確かに巨体を揺るがした。二歩、三歩とよろめいたメドルーサが地を踏みしめて向き直り、相手を睨みつける。この魔力、練度、確かにあの天才ラミカに匹敵する。




「ふん、無様ぶざまね。貴女あなた達が見てきた地獄はその程度?」


 土に汚れ、泥にまみれ、どこもかしこも裂け破れた外套ローブ。元々は滑らかな黒絹であったはずのそれを砂塵になびかせた魔術師は、無数の死を積み重ねる男を前に昂然と胸を反らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る