テゼルト平原の戦い(八)

光の矢ライトアロー】、【火球ファイアーボール】、アシュリーの魔術が続けざまにメドルーサを撃つ。

 だが無尽蔵の生命力を誇る男はげきでそれを打ち払い、あるいはその身で受け、地を踏み鳴らしてアシュリーに迫る。存分に血を吸った厚く重い刃が振りかざされる。


「逃げて、アシュリー!」


「逃げるものですか!」


 アシュリーの【物理障壁フィジカルバリア】は一瞬だけメドルーサのげきを弾いたが、あまりの衝撃に虚しく砕け散った。私とカチュアが剣を交差させて受け止めていなければ、彼女の黄金色の頭は西瓜すいかのように叩き割られていたことだろう。


「駄目だよアシュリー、この相手は他と違うんだから!」


「何が違うっていうのよ!」


 まさか反論されると思っていなかった私は思わずアシュリーを振り返った。その汗まみれほこりまみれの顔にかつての高慢さは見当たらず、自らの言葉に命を懸ける覚悟を帯びている。


「化物だろうが、ドラゴンだろうが、魔神デーモンだろうが、勝たなきゃ明日が無いのよ。わかってる!?」


 私とカチュアを振り払ったメドルーサの胸に【光の矢ライトアロー】が弾け、再び巨漢が後ずさる。




 これまで気付かなかったが、メドルーサの巨体にはいくつもの傷が刻まれ、矢が突き立ち、激しく呼吸を乱し、全身を濡らすほどの血が流れ出ている。『剛勇無双』の名と傲然ごうぜんたる態度に気圧けおされていたが、この男とて不死ではないのだ。それをアシュリーが教えてくれた。


「ユイ、あなた言ったわよね。私達ならできるって。魔術師の力を見せてやろうって。私はあなたが口だけの女じゃないことを知ってる、だからその言葉に賭ける。この程度で失望させないで頂戴ちょうだい!」


「わかってる!」


 陥落寸前に見えるメドルーサ。だがその手に握る流星戟アステロスは衰えることのない暴風を巻き起こし、敵の侵入をかたくなに拒む。私もカチュアも三騎士もポーラさんも、僅かでもその暴風圏に足を踏み入れれば易々やすやすと切り裂かれてしまうだろう。




「ふふふ……ははは!うわははは!腰抜けどもが!このメドルーサの首をろうという者はおらぬか!」


「ここにいるわ!脳味噌の足りない筋肉達磨だるまが、調子に乗らないことね!」


 ただ一人、挑発に乗ったのはアシュリー。手にした長杖ロッドの先に周囲の空間がゆがむほどの魔力が宿っている。

 勇ましい言葉とは裏腹に膝が震え、顔じゅうから汗をしたたらせている。おそらく全ての魔素をこの魔術にぎ込んだのだろう、アシュリーほどの魔術師が全霊を賭ける魔術といえば……


「アシュリー!それは……」


「あなたに賭けるって言ったでしょう!?賭けるからには血も肉も残りの人生も、何もかも全賭けフルベットするわ!だから……」


 魔術師の扱いが軽い帝国で、この子はどれほど悔しい思いをしてきたか。天才と呼ばれたラミカの才能さえ凌駕するほどの能力を持ちながら、その力を発揮することも認められることもなくうずもれていたのだ。あの時言った「魔術師の力を見せてやろう」という私の言葉は、アシュリーにとって人生を賭けるに値するものだったのだ。


「……わかった。必ず仕留めてみせる」


 ならば私もはらを決めるしかない、アシュリーの覚悟を汚すこともできない。来たるべき決着の時のために心を落ち着けるだけだ。




静謐せいひつなる者、貪欲どんよくなる者、深きくらき闇の底、光さえも逃れるあたわず……」


消滅エリミネート】、文字通り物質そのものを消し去ってしまう魔術。対象は無機物に限られるため人や動物を『消滅』させることはできない。その仕組み自体は難しくないものの『無から有を作り出す』ことと同様、『有を無に帰す』という行為には膨大な魔素と強大な魔力を要するため、並みの魔術師では習得はできても発現させることは難しい。


「喰らい尽くせ、全てを飲み込め!【消滅エリミネート】!」


 メドルーサのげきとアシュリーの杖が交差した瞬間、直視できないほどの光が辺りを覆った。しばしそむけた目を戻してもまだ二人は絡み合う影絵のようにたたずむのみ。




「貴様……」


「ふふ……魔術師ごときに自慢の得物を奪われた気分はどう?」




 無双の勇者の愛刀として無数の命を刈り取った流星戟アステロスは、文字通りこの世界から『消滅』した。


 だがその代償も安くはない。アシュリーの杖は真二つに割れ、そればかりか術者の右肘から先も同様に失われていた。




 怒りのあまりか、メドルーサは獣のような咆哮を上げてアシュリーの腹を蹴り上げた。その小さな体は十歩ほども宙を舞い、捨てられた人形のように砂塵の中に転がった。

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