テゼルト平原の戦い(九)

「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ。【身体強化フィジカルエンハンス腕力ストレングス】!」


「内なる精霊、生命の根源たる者よ。我が魔素を贄とし仮初かりそめの血肉となれ!【身体強化フィジカルエンハンス全能力フルブラスト】!」




 示し合わせたわけではない。私もカチュアも今こそ勝負を賭ける時と見た。アシュリーの安否は気がかりだけれど、その身をして作り出してくれた好機を逃すわけにはいかない。


 地面に転がる二人の兵士から剣をもぎ取ったメドルーサは左右の手にそれを握り、二本の細月刀セレーネを同時に受け止め、撥ね返した。

 人族ヒューメルの限界まで腕力を強化した私達の斬撃さえ片手であしらうとは信じがたい。愛刀を失った満身創痍の身でこれほどの武勇を見せるなど、同じ人族ヒューメルとは思えない。




 だが。無双、最強、剛勇、世に名をとどろかせた者にも、その時は必ず来る。


 敵味方の兵が遠巻きに囲む。もはや剣戟の音は無い、誰もがこの戦いの終幕を望んでいる。この男さえいなければもう帝国兵同士が血を流す必要は無い、皆がそれを承知している。


「負けない、今度こそ!」


「ここで終わらせる!」


 声も斬撃もカチュアと同時。この渾身の一刀さえもメドルーサは左右それぞれの剣で受け止めた、だが。


 無双の膂力りょりょく細月刀セレーネの切れ味に量産品の剣が耐え切れず、二本同時に根本から折れ飛んだ。

 カチュアの剣が左の脇腹から、私の剣が右の背中から、黒鎧とそれに護られた巨体を存分に斬り裂いた。間を置かず三騎士とポーラさん、四本の剣がその身を四方から貫く。豪勇無双をうたわれた男が明らかな致命傷に立ち尽くす。




「ふ、ふ、ふふふ……ははは……うわはははは!」


 だが。ユーロ侯爵家が誇る精鋭四人が、敵将の体に突き立ったままの剣を残して後ずさる。


 私も思わず剣を握り直した。前後から切り裂かれ、四方から貫かれてなお生きているなどあり得ない。まさかこの男、人族ヒューメルとは違う何かであったのか!?


「……存分に暴れた。数えきれぬほど殺した。誰も俺にかなわぬ。剛勇無比、天下無双、このメドルーサが最強なり!」




 にわかに起こった風が砂塵を吹き払い、誰の目にもその姿が明らかになった。


『剛勇無双』を自称する男は昂然こうぜんと胸を張り、両の手に折れた剣を握り、その顔に笑みすらたたえてその生を閉じた。

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