テゼルト平原の戦い(四)

 優に千を超える馬蹄ばていが地をとどろかせる。ことに先頭の巨漢は巨馬の背で長大なげきを振りかざし、兜の奥の残忍な笑みを隠そうともせずに不毛の大地を疾駆する。




 エルトリア王国に限らず、近隣諸国においても馬上戦闘はあまり一般的ではない。


 軍用に適した悍馬かんばが少ないというのがその理由で、騎兵という兵種を実際に運用している国は世界中でも数えるほどだ。武名高いユーロ侯爵軍でさえ馬上戦闘を行えるのはごく一部の者に限られており、騎兵に騎兵をもって対抗するという戦術は使えない。

 ゆえに騎兵の機動力、突破力は一方的な脅威となる。ましてそれを率いるのがメドルーサ、あの人外の猛将とあっては、いかに精強を誇るユーロ侯爵軍といえど恐怖から逃れられない。




「うわははは!臆病な羊どもめ、このメドルーサの前に立つ者はおらぬか!」


 先程とは反対に、メドルーサがユーロ侯爵軍の中央を真っ二つに叩き割る。それに続く三百ほどの騎兵も精鋭中の精鋭と見えて、主君に遅れじと騎兵槍ランスを構え敵中に踊り込む。


 ついにはメドルーサの目が至近にカチュアの姿を捉え、愉悦の笑みが口元をゆがめた。


「どうした『黒の月アテルフル』。天下無双の名、奪う気概きがいはあるか?」


 大男が自慢の流星戟アステロスを一振りすると、その先からおびただしい人血が散った。


「カチュア、駄目だよ!」


「わかってる!」


 この化物と正面から雌雄を決しようという気など私達には無い。声と同時に左右に跳んだ直後、天から落ちて来たような鉄の塊が大地を穿うがった。余裕をもってかわしたはずだったが、唸りを上げて迫るげきの先端が皮鎧をかすめていった。改めてこの男の桁外けたはずれの武力を思い知り、全身から冷たい汗が噴き出す。




 メドルーサとその騎兵隊の突撃に耐えかねたユーロ侯爵軍は大きく後退し、ついには中央を突破されてしまった。数で劣り主力を突破された諸侯軍は浮き足立ち、一人の男のために総崩れとなるかに見えた。


「うわはははは!蹴散らせ、殺せ、叩き潰せ!勝利は我が手中にあり!」


 人外の化物は頭上で血濡れた得物を旋回させ、馬蹄に土を蹴立けたてて諸侯軍の本陣に迫る。

 だが彼は知るまい、ここまで私達の思惑通りに事が運んでいることを。




「頼むよ、アシュリー」


 あの天才ラミカさえ上回ると私が信じる魔術師は本陣に立ち、漆黒の外套ローブを風になびかせて、太々ふてぶてしいほどに胸を反らせていた。

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