テゼルト平原の戦い(三)

 ハバキア帝国西部、テゼルト平原。


 両軍合わせて二万に届こうかという軍勢が真正面から激突したこの戦いは、序盤から激しいものになった。

 理由の一つとして、身を隠す場所も無い石ころだらけの大地というこの戦場においては小細工のしようがないという点が挙げられる。互いに力で相手をねじ伏せるしか勝利への道が無いのだ。




「敵先鋒、二〇〇〇から二五〇〇!妖魔の軍勢です!」


「進路このまま。正面から斬り込め!」


 皇帝軍は小鬼ゴブリン豚鬼オーク羽魔インプといった下級妖魔を先鋒に押し立ててきたが、精強をもって鳴るユーロ侯爵軍の奮戦はすさまじく、瞬く間にそれを粉砕してしまった。


 正三角形に整えた陣形をそのままに敵を迎え撃ち、揃えた槍先で易々と妖魔を貫き、僅かにそれを突破した者も後続に討ち取られていく。主将カチュアどころか身辺を護る三騎士にも、その後ろに続く私とポーラさんにも、全く出番は無かった。


 知性に乏しく臆病な下級妖魔は本来、軍事行動には向かない。リーベ城塞でもクロエ砦でも、彼らはおとりか矢避けにしかなっていなかった。

 まして平地での戦いとなればさらに使い道は限定される、おまけに戦いが終わった後に多くの妖魔が残れば敵味方構わず襲いかかるかもしれない。少しでもこちらに損害を与え疲労をいる、彼らはそれだけのために使われたのだ。




「第二陣、正面より来ます!」


鋒矢ほうし陣を維持しつつ前進、迎え撃て!」


 続く敵主力とは押し合いになった。並べた盾に身を隠し、槍を突き出し、懐に入られれば盾や手甲で殴り合う。先程のように鮮血が地を濡らすような戦いではなく、金属がぶつかり合う重々しい音が響く。

 もしかすると両者ともに帝国軍であるという事情からか、手心を加える者が多いのかもしれない。同じ国の民であった者同士が敵味方に分かれて命を狩り合うなど、そうできるものではないから。




 激しくもどこかもどかしい戦場にあって、カチュアの存在は際立っていた。


 集団戦の主な武器といえば弓矢であり、槍であり、接近戦においては盾と小剣であったりするが、カチュアほどの剣の達人エスペルトが名剣を握れば話は別だ。

 突き出された槍の穂先をことごとく薙ぎ払い、斬り落とす。鎧の隙間に刃を滑り込ませて腱を傷つけ、剣を握る指だけを斬り落とし、盾兵に押し包まれると見れば盾をも切り裂く。あまりの力量差ゆえ、相手の命を奪うことなく戦闘力を奪うことができてしまう。


 鉄と肉と血が押し寄せる激流の只中にあってさえ、澄んだ水が流れるがごとき彼女の緩やかな体捌たいさばきはいささかも損なわれない。

 血の大河をさかのぼる一筋の清流に続くのは側近の三騎士。彼らは主君の武勇に絶対の信頼を置いているようで、カチュアの左右に群がる敵兵を押しのけるのみ。我らの『黒の月アテルフル』が一対一で負けるはずがない、とその背中が語っている。




 カチュアの刃はついに皇帝軍の第二陣を中央から切り裂き、勢いに乗る諸侯軍が優位に立った。


 このまま勝てる。私の目にもそう映ったものだが、その先に現れた巨大な影に息を呑んだ。味方であるはずの帝国兵を馬蹄ばていで蹴散らし、げきの柄で撥ね飛ばして姿を現した赤黒い巨漢。




「待ちかねたぞ、『黒の月アテルフル』!今度は手足をいでやろうか!」


 猛将メドルーサの前に立てば敵も味方も死あるのみ。無双の勇者の出現に、天変地異が大地を裂くかのごとく戦場に亀裂が走った。

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