王国魔術師?ラミカ(三)

 予定していた章まで魔術書を読み進めた私は、手元の水晶球に掛けてあった【照明ライト】の魔術を解除して寝台に潜り込んだ。暗闇の中に微かな星明かりだけが届く。




 ややしばらくしてラミカの声がした。すっかり眠っているものだと思っていたが、こちらに背を向けたまま起きていたようだ。


「ねえユイちゃん、私の体どうだったー?」


「え?どういう……」


呪印カターラは見つかったー?」


 思わず毛布をはね退けて起き上がった。相変わらず背中を向けたままのラミカの声が壁に跳ね返る。


「血はどうだった?赤かったでしょー?」


「ごめんラミカ!私……」


「いいんだ、慣れてるから。子供の頃から魔術が使えたもんでさ、やれ天才だ、将来の大魔術師だって。んで体じゅう調べられたり、血ぃられたり、さらわれたり。私にもなんで才能あるのかわかんないのにね」


「私、あなたを疑って……」


「ごめんユイちゃん、王国魔術師にはならないよ。面倒くさいもん」




 この子が人との距離感を測るのが上手い理由が、ようやくわかった気がする。ラミカは子供の頃から様々な興味や好奇の目、時には悪意にさらされてきたのだ。だから人をよく観察して自分がどう思われているか、言葉の裏に何が隠されているのか、常に網を張り巡らせている。


 周りの人々が味方なのか敵なのか判断できなければ危険にさらされる、彼女のこの性格は張り詰めた日々の中で自然に身についてしまったものなのだろう。優れた才能は必ずしも本人の幸福を約束しないのだ。


 ラミカは人と争わない。自身の優れた才能を承知しており、それが時に他者のさまたげになりねたみを生むことを理解している。魔術科の学年主席をアシュリーに譲ったのも、きっとそのためだ。




「ぶっちゃけ私ってお金にも才能にも恵まれてるからさー。楽して適当に生きてきたし、これからもそうかなって」


「それでいいと思うよ。お金や地位を欲しがって争うよりずっといい」




 死霊が住まう古城で、私はそう話したばかりなのに。ラミカも私と一緒の時間を心地良く思ってくれていたはずなのに。それを壊してしまったのは私だ。


 誰もが立身出世を望むわけではない、名声を欲しがるわけでもない。なのに私はラミカのためと言いつつ、国益や自分の望みばかりを押し付けようとしていたのだ。




 たぶん自責の念に耐えられなくなったのだと思う、気づけば私は誰にも明かしていないことを口に出していた。


「ラミカ、あの、実はね。もしかしたら私の方が転生者カルナシオンなのかもしれない」


 親友のカチュアにも、今の両親にも、ロット君にも伝えたことはない。【転生リーンカネーション】の魔術は世界中で禁忌とされており、転生者カルナシオンだと見なされれば獄に繋がれ二度と光を見ることは無いのだから。


「もうすっかり薄くなったけど、少しだけ前の記憶が残っているの。こことは違う場所で、違う人として生きていたみたい。呪印カターラも無いし、どうやって『私』になったのかわからないけど……」


 闇の向こうから返事はなく、返ってきたのは盛大ないびきの音だけ。


 そう、ラミカとはこういう子だ。敏感で聡明で人との距離感に優れ、自分を道化どうけにすることで周囲をなごませたり誰かを守ったりする。

 私は本当に、本当に大切な友達を失ってしまったのかもしれない。わざとらしいいびきに掻き消されるほど小さな溜息をついて、私は毛布をかぶり直した。




 夜が明けると、何もかもいつも通りだった。寝ぼけまなこのラミカを食堂まで引きずって朝食を摂り、身支度を済ませて外へ。ただし今日向かうのは円形の中央広場、駅馬車の停留所だ。


 通り一遍いっぺんの別れの挨拶を済ませると、ラミカとの間に沈黙が漂った。私達の間ではあまりこのような事はない、大抵ラミカが悪ふざけをして私が呆れているものだから。

 やがて出発をしらせる鐘が鳴り馬車に乗り込もうとするラミカ、思わずその柔らかい手を握った。


「待って、ラミカ!」


「なあにー?」


「その……ずっと私と友達でいてくれるかな」


「当たり前じゃーん。何言ってるのー?」


「そ、そうだよね。何言ってるんだろ私」


「そうだよー。じゃあ行くねー」


「必ず会いに行くよ。またね!」


「うん。またねー」




 やかましい音と砂埃を上げて、ラミカを乗せた馬車は遠ざかっていく。


 やがてその影が見えなくなっても、私は大切な友達を疑ってしまった罰の重さに耐えられずにいた。

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