アカイア冒険者ギルド再調査(一)

 大通りを吹き抜ける寒風に首をすくめる。すっかり葉の落ち切った街路樹の枝が笛のような音を立てる。雪深いカラヤ村から馬車で一日足らずの距離だというのに、このアカイア市は寒いばかりでほとんど雪が降ることはない。


 生まれ育った町ではあるが、ここに足を運んだのは久しぶりだ。やけに風が冷たく感じるのは寒々しい風景のせいか、この町によどむ辛い記憶のせいか、それともやはり大切な友人を疑ってしまった罰なのか。


 ラミカは実家に着いた頃だろうか、また怠惰な生活を送っていないだろうか、手紙を書いたら返事をくれるだろうか。

 私が自分の思いを押し付けたりしなければ一緒に旅ができたのに。つい沈みがちになる心を落ち着かせ、白い陶器のカップに口を付けると、湯気の立つ香草茶ハーブティーが掌と胸を温めてくれた。

 煉瓦レンガ造りの大きな建物の向かいにある喫茶店。そういえば以前ここを訪れた時、同じ場所で同じ人を待っていた。今回の用件も同じようなものだ。




 やがて待ち人が現れた。いくら重ね着をしても隠しきれない豊かな膨らみは相変わらずで、年齢を重ねてより女性らしさを増したかもしれない。

 レナータさん、未だに何かとお世話になっている冒険者ギルドの事務員さんは、屋外席で軽く手を振る私にすぐ気づいてくれた。


「あら?ユイちゃん。お久しぶり」


「お久しぶりです。フィンの町の件ではお世話になりました」


 先日フィンの町を調査した際、領主代行からの不自然な依頼を調べるためラミカをこの冒険者ギルドに派遣した。その際簡単に資料の写しが手に入ったのも、このレナータさんのおかげだ。


 昼食のついでに最近のギルドの様子を尋ねると、現地調査員の増員、依頼者への聞き取り調査、冒険者個々人の信用度を算出し公表するなど、私が提案した以外にもいくつか新しい制度を取り入れているそうだ。何より無気力なギルド長メニウスさんの退職が決まったそうで、レナータさんはそれを一番喜んでいた。


「今回はギルドの現状を再調査しに参りました。またご協力をお願いしたいのですが、よろしいですか?」


「もちろんよ!それにしても、あのユイちゃんが巡見士ルティアねえ。まだ信じられないわ」


「ええ、私もそう思います」


 重そうな胸をテーブルに乗せ、感慨深げに私を眺めるレナータさん。

 この人がいなければ私の今は無かったし、今でもこうしてこころよく協力してくれている。これほどお世話になっておきながらろくなお礼ができていないのが心苦しいけれど、元気な姿を見せることも一つの恩返しになるのかもしれない。


「それからもう一つ。ルカちゃんは無事に入学できましたか?」


「そうそう!あの子ね、魔術学校の試験に合格して、この前入学したの。わざわざ退会の挨拶に来たよ」


「そうですか。良かった……」


 以前このギルドで知り合ったルカちゃんは粗暴な仲間と別れた後、ジュノン市の魔術学校に入るための勉強をしていた。魔術学校は私達が卒業した軍学校とは違い、魔術を専門に学ぶ場だ。それだけに求められる水準は高く、以前の彼女ならば入学は難しかっただろう。

 あのとき私と同じように痩せこけて濁った目をしていたあの子が、力を蓄え大きく羽ばたこうとしている。それが自分の事のように嬉しく思えた。




 翌朝、私は冒険者ギルドの更衣室で借り物の革鎧を身に着けていた。


 あれからずいぶん時間が経った気がする。一日早く十五歳の誕生日を迎えたあの日、この場所で同じように借り物の革鎧を身に着けていた。紆余曲折うよきょくせつという言葉ではあまりに足りない時を経てきた今では、ずいぶんと鎧が小さく感じられる。


 相変わらず小柄で痩せ気味だけれど、もう剣士として一人前の体になっているはずだ。技も力も知識もあの頃とは比べるべくもない。

 そして何より、腰には親友から授かった業物わざもの細月刀セレーネ。あの日と同じように鏡の前でくるりと一回転して、ゆっくりと階段を下りた。




「はじめまして、ユイと申します。このたびはよろしくお願い致します」


 階下ではレナータさんと、比較的若い男の三人組が待っていた。


 私は冒険者ギルドに登録したばかりの新人として彼らと一緒の依頼に参加する運びになっているのだが、三人はそれぞれ軽薄、陰湿、粗暴といった外見で、とても印象が良いとは言えない。

 それもそのはず、わざわざ問題がありそうな者を選んで参加させてもらえるよう頼んであったのだから。このような人達に同行すればギルドの現状や問題点が見えてくる、そう思っていたのだけれど……


「いいじゃない、一人くらい増えたって。今すぐお金欲しいんだってば!」


 夕陽色の短い髪が印象的な女性剣士が、カウンターを挟んで事務員さんと揉めている。しばらく押し問答を続けていたようだが、勝ち気そうな目が私を見つけて輝いた。


「ね、ね、いいでしょ?いいよね!決まり!」


 話が見えないままその女性に両肩を掴まれ、私は間抜けにも口を半開きにしてしまった。女性としては相当な長身で、見上げる私はかなりの角度で首を傾けなければならない。


 事務員さんの話によるとこの人はエアリーという名前で、たった今ギルドに登録したばかりだがすぐにでも依頼を受けたい、どんな依頼でも誰とでもいいから早くやりたい、あの人達と一緒でいいじゃない、いいでしょ?と私達を指差していたという。


「あの、私もたった今仲間に入れてもらったばかりなので何とも……」


「そうなんだ!あたしはエアリー、よろしくね!」




 私は視線を送るレナータさんに頷いた。あまりの押しの強さに呆気あっけにとられてしまったが、予定外の人員一名が加わっただけで大きな影響は無いだろう……たぶん。

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