アカイア冒険者ギルド再調査(二)

 道中見せてもらった依頼書で、今さらながらに依頼内容を確認する。アカイア市から徒歩で一日弱、マリボーという村近くの森に棲み付いた豚鬼オークが増え始めて作物や家畜を荒らすので討伐してほしいとの事だ。


豚鬼オークなんか何匹いても同じようなもんだろ。とっとと片付けちまおうや」


 軽薄そうなオラフさん、陰湿そうなメドロさん、粗暴そうなガザさん、失礼ながらそう覚えてしまった三人は豚鬼オーク討伐など簡単な仕事と考えているようだ。




 豚鬼オークはその名の通り豚のような顔をした人型の下級妖魔で、体格も知能も小鬼ゴブリンとそう変わらない。それなりの社会性を持つが、我々人族ヒューメルにとっては作物を食い荒らし、家畜を襲い、時には女性をさらうという邪悪な種族として広く忌み嫌われている。


 単体ではそれほどの脅威にならないので冒険者にとっては格好の討伐対象になるのだが、まれに体格に優れる個体が現れたり、より上位の妖魔に率いられていることもあるため油断すると足元をすくわれかねない。それくらいの用心はしてほしいものだけれど……


「ねえねえ、ユイちゃんは何歳なの?」


「ええと、十七歳です」


「そうなの!?絶対年下だと思ったのに、同い年なんだ!」


「そうなんですね。私もエアリーさんが年上だと思ってました」


「じゃあその堅苦しい言葉遣いやめようよ。私ねー……」


 エアリーは明るく人懐っこい娘で、人相の悪い三人組を放置して私にばかり話しかける。同性だから当然といえば当然と言えるかもしれないが、三人組の素行を観察したい私にとっては少々わずらわしくもある。


「ねえ、ちょっと手合わせしてみようよ」


「え?ここでですか?」


 昼食休憩の際、あっという間に携帯食を食べ終わったエアリーは私に勝負を持ち掛けた。

 よろしいですか?と尋ねる私と、いいよね?と尋ねるエアリーに、オラフさんが軽薄そうな顔に軽薄そうな笑いを浮かべて頷いた。




 エアリーと軽く剣を合わせてみて驚いた、良い腕だ。『一介の冒険者としては』というただし書きはつくけれど、長く重い両刃の長剣を振るう姿勢は安定しているし、攻撃の後の引き戻しも速い。このまま軍学校に入っても中位以上の成績を収められるのではないだろうか。


「やるじゃん。じゃあ遠慮なくいくよ!」


 私が軽々とその剣をさばくのを見て彼女も嬉しくなってきたのだろう、次第に斬撃が重く鋭くなってきた。まだ力を隠しているのだろうかとこちらも楽しくなってきたものだが、不意にその剣が止まった。


「ぷはー、楽しかったぁ。互角ってとこかな」


「ええ、そうですね」


「だからその言葉遣いやめなってばー」


 大きな体から盛大に湯気を上げつつ、エアリーは座り込んだ。大柄な人は持久力に欠ける場合が多いものだが、どうやら彼女もその例に漏れないようだ。


 相手の実力をはかる観察眼にはとぼしいようだが、その未熟さがかえって伸びしろを感じさせる。経験を積めば名の通った剣士になるかもしれない……などと考えつつ視線を外すと、三人組がほうけたように口を開けていた。

 しまった。未熟な新人をよそおって様子を見るつもりが、さっそく警戒させてしまっただろうか。




「ずいぶん立派な剣だね。それユイちゃんの?」


 そんな私の内心に構わず、体をぬぐいつつ話しかけてくるエアリー。褐色の健康的な肌に汗が光る。男の人が見ているというのに不用心なと、さりげなく視線をさえぎるように体を割り込ませる。


「これですか?ええと、お父さんの形見なんです」


「そうなの!?ごめん、あたしってば……」


 精緻な細工が施された銀鞘の細月刀セレーネ、こんな高価な品を友達から貰ったとは言えず咄嗟とっさに嘘をついてしまったのだが、エアリーは本当に申し訳なさそうな顔で目に涙をためてしまった。謝るのはこちらの方なんだけれど、と気まずくなったので話題を変える。


「エアリーは誰から剣を習ったの?」


「あたし?村に昔傭兵だったお爺さんがいて、子供の頃から遊び半分で教えてもらってたの。片腕のくせにすっごい強くてさ、今でも全然勝てないんだよね」


「そうなんだ。いい師匠に出会えたんだね」


「でも口が悪いんだよ?『お前なんか井戸の中の蛙どころかおたまじゃくしだ。広い世界を見て来い』とか言われてさー」




 口をとがらせて軽口を叩きつつ、希望を胸に屈託なく笑う少女剣士。この若さと明るさと優しさは彼女の将来を照らすことだろう、多くの人を救って名を挙げるのは案外こういう子なのかもしれない。

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