王国魔術師?ラミカ(二)

 事務机と衣装棚クローゼット、寝台が置かれているだけの簡素な部屋。私は机に向かい、ラミカを王国魔術師に推薦するための書類に必要事項を書き込んでいった。


 住所、氏名、生年月日、履歴、主な研究成果と魔術師としての実績。ジュノン軍学校次席卒業、特筆すべき研究成果なしという履歴は目立ったものではないが、巡見士ルティア補助として任地に赴き数々の妖魔を討伐した実績は目覚ましいものだ。




 書式に従って空欄を埋めていくと、最後の条件に『人族ヒューメルであること』『転生者カルナシオンではないこと』という項目があった。


 エルトリア王国は亜人種に寛容と言われるが、あくまで人族ヒューメルの王国であって、亜人種や魔人族ウェネフィクスが公職に就くことはできない。叙任式において親指を針で刺し母印を押す儀式も、青い血液以外は人族ヒューメルと見分けがつかない魔人族ウェネフィクスが要職に就くのを防ぐためと言われている。


 また、転生者カルナシオンとは【転生リーンカネーション】の魔術により転生した者のことで、存在自体が世を乱す元となることから世界中で禁忌の術とされており、それと知られれば一生を獄中で過ごすことになる。

 私も、おそらくあのフレッソ・カーシュナーも以前の記憶を有しているが、ここで言う転生者カルナシオンではない……と思う。転生者カルナシオンには、体のどこかに呪印カターラという特殊な紋様があるというから。




「……まさかね」


 私は書面を見てつぶやいた。ラミカの桁外けたはずれの魔力は常人のものではないが、だからといって魔人族ウェネフィクス転生者カルナシオンだとは思えない。だが推薦する以上、そうでないことを保証する必要があるだろう。


 体を伸ばすふりをして視線を動かす。牛の着ぐるみは相変わらず寝台に寝そべって、お菓子を食べながら本を読んでいた。




 王宮に比べると簡素なものだが士官用宿舎にも動力供給施設があり、当番の魔術師が熱や光や水を常時供給している。

 決まった時間であればお風呂にも入ることができるため、私とラミカは大抵夕食後に使わせてもらっている。軍学校の女子寮でもこの施設でもたびたび一緒に入っていたものだが、こうしてまじまじと彼女の体を見るのは初めてだ。


 転生者カルナシオンに必ずあるという呪印カターラは魔術を施した特殊な塗料で描かれ、生涯消えることはないという。それゆえ彼らは肌を見せることを極端に嫌う。

 だが脱衣所で服を脱ぐ時、体を洗っている時、湯船に漬かっている時、様々に角度を変えて覗き込んでも、ラミカの体にそれらしきものは無かった。


「なあに、ユイちゃん。なんかついてるー?」


「あ、ううん。綺麗なお肌だなーと思って」


「なんだよう、揉むなよう」


 安心した私はつい、ラミカのもちもちとしたお腹を揉みしだいた。

 良かった、彼女は転生者カルナシオンではない。




「ぶへー」などと変な声を上げつつ廊下を歩く湯上がりのラミカは、すれ違う幾人かの騎士に声を掛けられては談笑している。牛の着ぐるみを着た魔術師という奇抜さと人懐ひとなつっこい性格で妙に馴染んでしまい、たびたびここを拠点にしている私よりも知り合いが多いのではないかと思えるほどだ。


 部屋に戻ると、着ぐるみのままさっそく寝台に寝転がるラミカ。寝台が二つあるのを良いことに当然のように入り浸っているが、ここは私の部屋だ。




 ともかく私は何かを探すふりをして彼女の背後に座り、手にした針でラミカの背中のあたりを軽く突いた。もし彼女が魔人族ウェネフィクスであれば青い血が出るはずだ。


「いったぁー!何すんのさー!」


「ごめん、さっき縫い物してたら針を落としちゃって、探してたんだ。ちょっと見せて」


 白々しい嘘をついて着ぐるみを脱がせる。小さな傷からぷくりと血のしずくが膨らんでいる、その色は……赤かった。それを布で拭って薬を塗り込む。


「これで大丈夫。ごめんね」


「もー。自慢のお肌に傷ついちゃったー」




 たいして気にした様子もなく寝転がった彼女はやがて眠くなったのか、本をぱたんと閉じて布団にくるまった。事務机で魔術書を読む私に背を向けたまま声をかける。


「ねーユイちゃん、そろそろ家に帰ることにするよ」


「え!?どうしたの急に」


「お母さんも心配してると思うしさー。明日の馬車で帰るよ」


「そ、そう……」


 王国魔術師になるのに気が進まない様子なのは承知していたが、急に帰ると言い出すとは思わなかった。


 残念だけど仕方ない、これ以上言ってもかたくなになるだけだろう。私があまりに強く勧めるから気を悪くしてしまったのだろうか……

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