王国魔術師?ラミカ(一)

 王都フルートの中央にする王宮は白亜の城という表現そのままに、白花崗岩かこうがんを基調にした四階建ての威容を誇る。


 城壁と鉄扉に囲まれた敷地には複数の政治・軍事に関する施設が立ち並び、その中の一つである士官用宿舎が私の拠点になっている。と言っても決まった部屋が与えられているわけではなく、王都に滞在している間だけ部屋を借りている。


 事務机と衣装棚クローゼット、寝台が置かれているだけの簡素な部屋だが、荷物を預かってもらうこともできるし事前に申し入れておけば食堂で食事を摂ることもできる。報告書をまとめたり次の任地に旅立つ準備をするだけの部屋なのだから、必要以上の調度品や装飾物など必要ない。




 その部屋の扉を開けると、牛の着ぐるみが寝そべってお菓子を食べながら本を読んでいた。

 軍学校の女子寮で何度も見た光景だが、かつての天才魔術師は今や身も心も牛になってしまったように寝台に寝転がり、部屋から一歩も出ようとしない。


「おかえりー。お菓子食べるー?」


「寝るか食べるか読むか、どれか一つにしたら?」


「いやー、どれも大事なんだよねー」


 とはいえ強大な魔力は健在で、私と共におもむいた任地では魂喰いソウルドレイン死霊レイエスと立て続けに妖魔を討伐して名を挙げている。魔術剣士ソルセエストと天才魔術師の活躍を弾き語る詩人まで現れ始めたほどだが、その正体が『これ』では幻滅すること請け合いだ。


「大事な話があるの。ラミカ、王国魔術師になる気はない?」




 王国魔術師とはエルトリア王国に仕える中でも最高位の魔術師のことで、魔術の研究や普及、後進の指導、場合によっては魔術を使った土木工事や建築、魔装具開発などの責任者を務めることもある。現在は三人の魔術師がその任に当たっているが、そのうちの一人が高齢を理由に引退するため後任を選ぶというのだ。ラミカはまだ若く実績に乏しいが、才能、実力、名声、ともに申し分ないのではないか。


「ほーん?」


「ちょっとラミカ、聞いてる?」


「聞いてるよー」


 だが牛の着ぐるみは小指で鼻糞はなくそをほじらんばかりに、いや実際にほじくりながら気の無い返事をするのみだった。


「ラミカを推薦しようと思うんだけど、どうかな」


「やだ」


「どうして!?王国魔術師だよ?」


「だってさー、家にお金あるもん。おいしいもの食べられるもん。なのに働くなんてやだ」


「もう!そんなんだからお母さんも心配するんだよ?」


「働きたくないでござる!働きたくないでござる!!」


 いつまでも動かないので布団を引っぺがそうとしたのだが、運動不足のくせにこんな時ばかり信じがたい力で抵抗されてしまった。


 どうしてラミカは『こう』なのだろう。努力と修練で力を得たカチュアとは違い、ラミカは本当の『天才』だ。努力をしたところなど見たこともないというのに、生まれ持った才能と膨大な魔力で苦もなく上級魔術を使いこなしてしまう。本人が望めば王国魔術師どころか稀代の大魔術師として歴史に名を残すこともできるだろう。


 やはりこの才能を埋もれさせるのはエルトリア王国にとっても、この世界の人々にとっても大きな損失だ。ラミカが本気で魔術の発展と応用に取り組めば、人々の暮らしはもっと豊かになるに違いない……




 この時私はそう考えていたのだ、彼女が抱える事情も知らずに。

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