死霊達の主(八)

 フィンの町に戻った頃にはとっくに日が暮れ、いつまでも晴れない雲が相変わらず星々を覆い隠していた。


 朝が早い人ならばもうとこについてもおかしくない時刻だったため宿に部屋をとり、報告は明日にしようと荷物の片づけをしていたところ、どこから聞きつけたものか領主代行からの使者が部屋を訪れた。なんでも死霊討滅を祝うため館にお招きしたいという。


 ラミカなどは疲れた、お腹へった、絶対やだと言って寝転がったものだが、私はひたすら非礼を詫びて平身低頭する使者の方が気の毒になってしまい、結局ラミカを説得して館に向かうことにした。




「おお、おお、よくぞ無事でお帰りくださいました。私は信じておりましたぞ、貴女あなた方が悪しき亡霊どもを掃滅してこの町に平穏を取り戻してくださる事を。ささ、お入りくだされ、僅かばかりですがご苦労を癒す用意をしております。どうかお聞かせくださいませぬか、どのようにして死霊どもを滅したかを。ちょうど吟遊詩人ぎんゆうしじんも招いておりますゆえ、うるわしくも勇敢なる魔術師のご活躍を歌にして差し上げましょうぞ。つきましては……」


 ダルトン領主代行は揉み手せんばかりの態度で玄関まで出迎えに来たものだが、それで私達の好感度が上がることは一切なかった。この人は最初に会った時から口ばかり盛大に動かしているが、町のため人のためには指一本たりとも動かしていない。


「それにしても美貌に加えて魔術剣術の才、恐れ入るばかりでございます。貴女あなた様を見出した国王陛下もさぞかし鼻が高いことでございましょう。かくも気高けだか巡見士ルティアのご活躍を諸国に広め……」




 私はとうとう片手を上げて濁流のごとき言葉をさえぎった。ルッツ夫妻が懸命に町を守り、片や無念にも命を落とし片や汚名をかぶって町を去ったというのに、この人は後からのこのこと現れて功績だけを手に入れ悪びれもしない。


 さらに私の推測が正しければ、この男の罪はそれだけではない。今すぐこの分厚いつらの皮を引き裂いてやりたいという衝動に耐え、心を落ち着かせて詠唱を始めた。


「草を木を、心を揺らす風の精霊、真実と虚構の狭間はざまを示せ。【嘘つきライアー】」


嘘つきライアー】は、術者の問いに対しての答えが真実か嘘かを判定する魔術。


 ただし問いは一つだけ、回答は『はい』か『いいえ』でなければならない、たとえ嘘であっても相手が真実だと思っていれば無意味、と制約が多いため使いどころが限られる。

 しかもこの魔術による判定は術者にしか示されないため、証拠としては扱われない。言ってしまえば個人的な推測の真偽を確かめるために魔術を使ってしまったわけで、この時私は巡見士ルティアの権限を逸脱していたことになる。




「いいですか、ダルトンさん。私の質問に『はい』か『いいえ』でお答えください」


「おお、これがうわさに聞く魔術ですかな。何なりとお聞きください、隠しだてなど致しません。それにしても魔術というものは……」


「あなたは古城に財宝があると偽り、冒険者達を差し向けました。それは死霊の報復を招き、当時領主であったルッツ夫妻をおとしいれるためですね?」


「いやいやいやいや、何をおっしゃいますか。到底身に覚えの無いことでございます、そもそも……」


「『はい』か『いいえ』でお答えください。それ以外の返答は認めません」


「いや、その、なんです、私としてはですな……」




 もういい、無意味な言葉の羅列られつは聞き飽きた。その意思を示すため私は足を止め、正面から血色の良すぎる顔を睨みつけた。領主代行は言葉に詰まると、今度は短い両手をやたらと振り回す。


「『いいえ』!否でございます!そのような大それた真似を……」


 やはり。私の頭の中では、ダルトンさんの言葉が『嘘』であることが明確に判定できた。つまり死霊を呼び寄せたのも、ファルナさんが命を落としたのも、ルッツさんが汚名を着せられたのも、全てこの男の仕業だ。何のためか?ルッツさんを追い落として自らが領主となる、ただそれだけのためだ。


「ダルトンさん、あなたは……」


 あまりの卑劣さに言葉が出てこない。剣を抜く衝動に耐える右手、そこに柔らかい感触が重なった。

 この温かさと湿っぽさには覚えがある。この子はいつでも、どんな時でも周りがよく見えている。


「ま、あとは後日ってことでー。私おなかすいちゃったなー」


「そ、それならば奥に酒宴の用意が……」


 このに及んでまだ酒宴に誘うとはよほど鈍いのか、それとも欲が危機感を上回っているのか。いずれにしても私達は背を向けて歩きだした。


「やっぱいいわー。行こ、ユイちゃん」




 今日も星の無い、どこに月があるかもわからない雲に覆われた夜。私は何もない空を見上げて大きく息を吐き出した。


「ありがと、ラミカ。助かったよ」


「いいってことよー。おなかすいたのは本当だけど」


「そうだね、私も。今日は何でも食べていいよ」


「やったー!じゃあね、まずチョコパとレモンのシャーベットと……」




 王都に戻った私達は国王陛下に復命、あとは後日の話になる。


 以前私の教育係を務めていた巡見士ルティアバロンさんが改めて調査を行ったところ、贈賄、収賄、横領、背任、脅迫、領主代行ダルトンの身辺からは両手の指を使わなければ数えきれないほどの不正が明らかになった。バロンさんは一通り私の積極性と健闘を讃えた後、相変わらず穏やかな声でこう付け加えた。


「最後はとうとう我慢できなくなったようだね。できれば最後まで知らぬ顔をして、相手の手が届かないところから刺してしまった方が安全ではなかったかな」


 確かにおっしゃる通り、あの夜ダルトン領主代行が逆上して館で兵をけしかけたり宿を襲ったりすれば、消耗していた私もラミカも危険にさらされていたことだろう。彼を追い詰めることなく何食わぬ顔で王都に戻り、改めて罪を問うた方が安全だったに違いない。


 バロンさんは言葉だけの人ではなく、以前私が問い詰めた際に表向き配慮を見せていたアカイア冒険者ギルド長に対しても、裏で早期の罷免ひめんに動いてくれている。

 当時私はこの人のことを無気力、生ぬるいなどと思っていたものだが、ダルトン領主代行の身辺を洗う手際は早く鋭く淡々としており、傍目はためにも見事なものだった。まったく私はこの人から何を学んできたのだろうと恥じ入るばかりだ。




 色とりどりの花に囲まれた小さなお墓。ずっと空っぽだったひつぎの中には、ファルナさんが大切にしていたであろう意匠を凝らした曲杖ワンドが納められている。


 亡き人との会話を終えたのだろう、しばらく座り込んでいた父子が立ち上がった。ルッツさんが両手で私の手を握ったまま顔を上げないのは言葉が出てこなかったのか、とても人に見せられる表情ではなかったのか。




 不意に右の頬が温かくなった。この町に来て初めて射した陽光に目を細めると、暗く沈んでいた花々が一斉に顔を上げた。

 亡くなった人が戻ることはないけれど、こうして残った人が前を向くことが何よりの手向たむけになるのかもしれない。

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