死霊達の主(七)

「いるねー」


「ここだね」


 魔術師である私達には明らかだ、この扉の奥に大きな力を持った何かがいる。死霊が住まう古城にあってさえ不自然なほど闇の精霊の力が渦巻いているから。


 階段を上りきった先にある、獅子の彫刻が施された両開きの扉。【開錠アンロック】を唱えたラミカが長杖ロッドの先で軽く触れると、音もなく扉が開いた。




 硝子ガラスが抜け落ちた窓、元の色もわからぬ絨毯じゅうたん、原型をとどめぬ調度品、かつては豪奢なパーティーが開かれたであろう大広間。そこにたった一人立つのは鮮やかな若草色の外套ローブまとい、凝った意匠の曲杖ワンドを手にした若い女性。


 いや、かつて女性であったというべきか。その姿は半ば透けて後ろの壁が見通せる、つまり彼女は実体の無い亡霊レイエスだ。

 ただし亡霊レイエスとなってなお生前の姿を維持しているということは、死亡してから日が浅いか、強い想いを残して亡くなったか、それほどの力を持った魔術師か、もしくはそのいずれもか。




「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 剣士が剣を打ち交わすように、魔術師は破壊魔術の基礎である【光の矢ライトアロー】を撃ち合えば互いの力量を把握できる。ラミカと亡霊レイエスの頭上に浮かんだ光の矢はともに五本ずつ、ラミカのものがやや太い。ただそれは膨大な魔力と優れた才能を表してはいるが、練度が低く収束率が悪いことも意味している。


 亡霊レイエス魔術師のそれは細いが強く鋭く輝いている、これはラミカに比べればやや魔力に劣るが練度で勝っていることを表す。

 総合的にはほぼ互角か。古城をゆるがす轟音と衝撃波、打ち消し合った光の欠片が互いの魔術障壁マジックバリアに弾けて虹色の飛沫を散らす。


「空を駆けし風の精霊、ゆがきしみて雷光となれ!【雷撃ライトニング】!」


 再び同じ系統の破壊魔術が互いを打ち消し合い、力の残滓ざんしが拡散して室内の薄靄うすもやを吹き飛ばす。


 軍学校で天才と呼ばれたラミカに匹敵するほどの魔術師、それも命を失い亡霊レイエスとなってもこれほどの力を有しているとは信じがたいが、おそらくこの戦いに負けは無い。二人に比べればはるかに劣るとはいえ私も魔術師だ、隙を見て【除霊ダレイエス】の魔術を放てば勝負は決まる。だがそれでは本当の解決にはならない。




「ファルナさん、ファルナさんですよね!?私達は貴女あなたの霊をしずめに参りました」


 彼女の姿を見てすぐにわかった、ルッツさんの義実家で見た肖像画の女性に間違いない。この人はファルナさん、ルッツさんの亡き妻で、単身で死霊の群れに挑み命を落としたという魔術師だ。

 おそらくは町に押し寄せる亡霊レイエスに憑りつかれてしまったのだろう。いや、もしかすると故意にそうすることで他の死霊に対する支配権を得たのかもしれない。死霊はより力のある者に従うものだし、ファルナさんの死後に町が襲われなくなったことにも説明がつく。




 またしても閃光、轟音、そして熱風。部屋の中央で衝突し爆散した【火球ファイアーボール】の余波に顔をそむけつつも言葉を続ける。


「ルッツさんもカール君もご息災そくさいです。ご両親もファルナさんを案じていました。だから!」


 既にこの世のものではない存在に私の声が届く保証など無かったが、動きを止めたところを見ると何か伝わるものがあったのだろうか。ラミカも詠唱を止めて、だが相手からは目を離さず成り行きを見守っている。


「だからもうめてください。もう大丈夫です、あとは私達に任せて……」




 亡霊レイエスとなった女性は曲杖ワンドを掲げたまま、じっと私の目を覗き込む。まるで心の奥底まで見通すかのような視線から、一切の嘘は許さないという意思が伝わってくる。ならば私もあらん限りの誠意を尽くすしかない。


「もう休んでください。貴女あなたのご無念、心残り、全て私達が引き受けます」




 長い沈黙。やがて目が閉じられ、小さく頷いたファルナさんは最後に穏やかな表情を見せて、不意にその姿を消した。


 からん、と乾いた音が響き、後には細やかな意匠が施された曲杖ワンドだけが残された。

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