死霊達の主(六)

 昼なお暗い古城を薄い霧が包む。それは窓が抜け落ちた穴から、崩れかけた壁の亀裂から、あらゆる隙間から侵入して城内の調度品をも湿らせる。


 本来静かなはずの無人の城に、今は激しい息遣いと乱れた足音が響く。一階では大した苦労も無く骸骨兵士スクレットを殲滅した私達だが、二階に続く階段の踊り場では思わぬ苦戦を強いられた。




 亡霊レイエス。浮遊する半透明の霊体は薄暗くもやのかかった場内では視認しにくく、壁や床をすり抜けるため思わぬ場所から突然現れる。【光の矢ライトアロー】や【除霊ダレイエス】の魔術に触れれば跡形もなく消滅するとはいえ、全方位から数十体の波状攻撃を受けては息つく暇もない。


「ね、ねえユイちゃん、水飲んでいいかな」


「これが終わったらね!」


「今すぐ飲みたいんだけどなー」


亡霊レイエスになったらお菓子食べられなくなっちゃうよ?」


「そりゃあ大変だー」


 背中合わせに【除霊ダレイエス】を唱えるたびに一匹、また一匹と白い光に包まれた亡霊レイエスが消滅していく。膨大な魔素マナがあっても体力がないラミカ、体力はあっても魔素マナの絶対量が少ない私、二人とも肩で息をするほど消耗している。


「あーもう!これでも食らえー!」


 長杖ロッドを掲げるラミカ、その頭上に浮かぶ五本の光の矢。一本一本が私の胴回りほどもある矢が続けざまに撃ち出されると、狙いたがわず五匹の亡霊レイエスが消滅した。三度、四度とそれを繰り返して全ての亡霊レイエスを消し去ると、ラミカは荒い息をついて踊り場に座り込んだ。


「ふへへへへ……どうよー」


「ちょっと詰めが甘かったけどね」


 床下からラミカにりつこうとした最後の一匹を【除霊ダレイエス】を付与した剣先に掛けて消滅させ、愛用の細月刀セレーネを鞘に納める。


 亡霊レイエスは憑りついた相手の生命力を奪い、力尽きた者は新たな亡霊レイエスになるという。能力は生前のそれに準ずるというから、ラミカのように強力な魔術師が憑りつかれれば大変な事態になってしまう。


 それにしてもこの亡霊レイエスといい一階の骸骨兵士スクレットといい、ずいぶんと大勢で襲ってきたものだ。本来死霊の類に組織的な戦闘ができるほどの知能は無く、目の前の生者を追いかけるだけだというのに。




「ぷええええ~、疲れたぁ~」


 外套ローブが汚れるのも構わず床にお尻を着き、だらしなく足を広げるラミカ。ピンク色の下着が丸見えになるのも構わず、それどころか裾をあおいで風を送り込みつつ干し芋を頬張るなど、年頃の男の子でも眉をしかめそうなほどはしたない。


「ユイちゃんってさー、どうしてそんなに一生懸命になれるの?」


「え?どうしたの急に」


「ルッツさんって人とすごく仲がいいわけじゃないっしょ?ぶっちゃけ他人じゃん。なのに命懸けで骸骨やら亡霊やらと戦って、給料おんなじっしょ?なんで?」


「そんなこと言われても……」


 一本だけ手渡された細い干し芋をかじりつつ考え込んだ。当然と思っていたのだけれど、改めて何故かと問われてみると答えに困ってしまう。


「……後悔したくない、のかな」


 きっと後悔しているのだろう、一度自ら命を断ったことを。

 取り返しのつかない選択をしてしまう前に何かできたかもしれない、他の道があったのかもしれない。だから今度こそそうならないよう努力してきたし、自分と同じように辛い思いをする人を助けたいと思う。ただそれだけだ。




「ふうん。いやー、私ってこんなんじゃん?ユイちゃんみたいにはなれないなーって」


「ラミカは無い?後悔とか、そういうの」


「無いかなー。ぶっちゃけ私って、お金にも才能にも恵まれてるからさー。楽して適当に生きてきたし、これからもそうかなって」


「それでいいと思うよ。お金や地位を欲しがって争うよりずっといい」


「優しいー。ユイちゃんのそういうとこ、大好きー」


「こら、甘えんな」


 足にまとわりつくラミカのっぺたをつねって引き剥がす。白くて柔らかくて温かくて、まるで幼児のような肌だ。




 後になって思う、私はこの時の会話を覚えておけば良かった。そうすれば後悔することは無かったはずなのに。

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