死霊達の主(五)

 白と黒と灰色だけが広がる世界の奥、立ち枯れた木々の向こうに見える湖畔の古城。


 白いもやが視界を埋め尽くす中、聞こえてくるのは不吉な鳥の鳴き声のみ。城に入る前からいかにもこの世ならぬ者が出そうな気配だが、今のところそれらしき姿は見当たらな……


「ぴょおおおえええ!?」


「な、なに!?」


「なんだ、きつねかぁ。びっくりしたー」


「こっちがびっくりしたよ……」




 痩せこけたきつねがこちらをにらみつつ駆け去って行く。抱きついてきたラミカの湿度の高い手を振りほどいて再び歩きだす。


 この古城については事前に調べてある。エルトリア建国間もない頃に内乱を起こしたパルマー子爵という人物の居城であり、長い籠城の末に滅ぼされたという。その恨みのためか死霊の類が棲みついたことで長らく放置されていたが、近年まで害を為すことは無かったらしい。


 荒れ地どころか半ば湿原と化した敷地を抜け、妨害らしい妨害も無く古城の入口へ。百数十年という年月の割には原形をとどめた両開きの扉に手を触れると、外側に向かってて呆気あっけなく開かれた。二人で顔を見合わせつつ中に踏み入ると、今度は派手な音とともに閉じられた。


「やっぱりー?」


「まあ、そうだよね」




 最初から死霊の巣と知ってここを訪れたのだ、今さら驚くことでもない。だから次にが現れるのも予測の範囲内ではあった、少々数が多すぎたけれども。


 吹き抜けの広い玄関広間ホールのそこかしこから骸骨兵士スクレットが姿を現し、がちゃがちゃと派手な音を立てながら押し寄せてくる。その数は五十、いや六十といったところか。


「ちょっと多くない!?」


「いやー、参ったねえ」


 駆け出しの冒険者であればさっそく全滅しかねない状況だが、こちらは軍学校を卒業した魔術師が二人だ。【除霊ダレイエス】の魔術を付与した細月刀セレーネは触れるだけで骸骨兵士スクレットを浄化し、彼らに長い時の経過を思い出させたように白い灰と化せしめる。


 ラミカが長杖ロッドを横に薙ぐと【光の矢ライトアロー】が放射状に射出され、射線上の骸骨兵士スクレットを数体まとめて貫通する。呼吸を乱すほどのこともなく、薄暗い広間ホールに静寂が訪れた。




「挨拶代わりってとこかなー?」


「ラミカが普通じゃないんだと思うけど……」


 数十体の骸骨兵士スクレットに対抗するには、本来ならば同じ数の兵士が必要なはずだ。苦もなく殲滅してしまうなど魔術師としても普通ではないのだけれど、本人にはその自覚が無いらしい。


 剣を納め歩き出そうとして、何かが羽ばたくような音に足を止めた。広間ホールの奥に掛けられた大きな絵画、魔女と騎士の戦いを描いた絵から、羽魔インプという羽を持った子供ほどの妖魔が次々と抜け出そうとしている。


「気を付けて!絵から何か……」


 私はまだ言い終えていなかったというのに、写実的な筆致で描かれた大作は【火球ファイアーボール】の直撃を受けて粉砕されてしまった。絵から半ば抜け出していた羽魔インプもその巻き添えを食らって無惨に吹き飛ぶ。


「わかったー」


 ラミカの間延びした返事。対処が遅れれば絵画から次々と妖魔や魔女や騎士が抜け出して来たのだろうか。抜け出して来たところでこの子が苦戦するとも思えないけれど。




 かつて天才と呼ばれた魔術師は事も無げに、壁に空いた大穴を気にすることもなく歩き出した。そしてすぐに足を止めた。


「あり?」


「何も無いね?」


 古城は外から見たところ二階建てだったと思うが、この玄関広間ホールには奥に向かう通路も扉も、上に向かう階段も無い。私達が入って来た扉の他には三方を壁が囲っているのみ。


 だがこれも、軍学校の魔術科を卒業した私達にとっては驚くほどの事ではない。魔術師の手による迷宮には隠し扉や隠し通路が作られているものだし、他者に見られたくない研究施設には魔術による偽装が施されていたりするものだから。

 それらをいちいち探すのも手間がかかるので、もっと簡単な方法を採ることにした。


「我が友たる大地の精霊、なんじが元に我をいざなえ。【穿孔パルファレイト】」


 壁に軽く左手を押し当て、短く詠唱。人が一人通れるほどの穴を開けて通り抜ける。周囲を見渡すまでもなく階段が見つかった。


「あったよ、上りの階段」


「ちょっとまってー」


「何してんの?まさか……」


「抜けなくなっちった」


 天才魔術師は壁の穴にお腹をぴったりとめ込ませ、押そうが引こうがびくともしない。仕方がないのでもう一度【穿孔パルファレイト】を唱えて穴を広げると、にわとりから卵が産まれるように転げ出てきた。


「いやー、おっぱい大きいと大変だわー」


「……」




 ラミカの胴回りを計算し損ねたのは私だし、彼女の胸が大きいのも否定はしないけれど、つかえていたのは胸ではなくお腹ではなかっただろうか。

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