死霊達の主(四)

 ルッツさんの亡き奥様は、ファルナさんという魔術師だったそうだ。

 アカイア市での情報収集をラミカに任せ、私は町外れにあるというファルナさんの実家へ。目立たない小さな、だが色とりどりの花に囲まれた家。その裏手にあるお墓に花を添えると、ご両親に頭を下げた。


「ルッツさんもカール君もご息災そくさいです。カール君はお母さんを尊敬しているようで、魔術に興味を持っていました」


「そうでしたか。それはそれは……」




 最初は面識の無い私の訪問をいぶかしんでいたご両親だったが、公職試験に合格して一代騎士エクエスとなったルッツさんと同期の巡見士ルティアであること、この町の調査に訪れたことを伝え、孫であるカール君の話をすると目を細めて喜んでくれた。


「ファルナは幼い頃から、誰に学ぶでもなく魔術を扱っておりました。その噂を聞いた先生が勧誘に参りまして、ジュノンの魔術学校で学ばせて頂くことになったのです」


「生まれつき魔術が使えたとは凄いですね。私の友人にも一人だけおりますが、天才と呼ばれていました」


 その天才は今や見る影もなく激太りしてしまい、減量ダイエットを兼ねてお使いをお願いしているところだ。

 それはともかく魔術学校は、私達が卒業した軍学校とは違って魔術を専門に学ぶ場だ。それだけに入学も難しいはずで、わざわざ勧誘に来るとはよほどの才能だったのだろう。


「その魔術学校を卒業して町に戻った頃、ちょうど領主として着任したルッツ殿と出会ったのです」


 語るのは主にお父さんの方で、お母さんは控え目に頷くだけ。そのお父さんにしても多弁な方ではないのだろう、言葉を探しながら訥々とつとつと話す。それがかえって誠実な印象を与えているのは、無意味な言葉を垂れ流すたび信用を失っていくダルトン領主代行と対照的だ。




 話によると、ルッツさんとファルナさんはほどなく結婚して一男を設けるが、幸せな日々は長く続かなかったという。町の北にある古城から死霊の類が頻繁に現れるようになり、時に町まで押し寄せ死者が出る騒ぎになったからだ。


 騎士としてのルッツさんは武術に優れ勇敢でもあったが、骸骨兵士スクレットなどはともかく実体の無い亡霊レイエスに対して剣は無力であった。彼は優秀な魔術師であったファルナさんと共によく戦ったが、次第に数を増す死霊どもに苦戦を強いられるようになった。


 何度もアカイアの駐留軍に使者を送って救援を求めたが対応は鈍く、ルッツさんは自ら馬を飛ばしてアカイア市に向かった。だが折悪おりあしく死霊の大群が町に迫り、魔術師ファルナは単身それに挑み行方不明となった。

 数日後、僅かな救援の兵士を連れて戻ったルッツさんは肝心な時に逃げ出したと噂を立てられ、一言の弁解もなく騎士資格を剥奪された。彼は言い訳をすることもなく淡々と残務処理を終え、幼い息子を連れてどこかへ旅立ったという。


「以来なぜか死霊どもは古城の敷地から出ることはなくなりましたが、古城の中にファルナの姿を見たという者もおります。見間違いとは思いますが、どうにも心の整理がつきません」


 老夫婦は壁の肖像画に目を移した。額の中で微笑む若い男女と幼子、彼らのささやかな幸せが失われてしまったことが未だに信じられない、何故こんなことになったのだろうと肩を落とす。


「お辛い話かもしれませんが、領主代行のダルトンさんについて教えてください。彼は死霊からこの町を守り治安を維持した功績で領主代行に任じられたと言っていますが、真実でしょうか?」


「馬鹿なことを。彼も自警団とやらも、ルッツ殿とファルナが死霊に立ち向かっている間もずっと館に閉じこもっていただけです。後からのこのこ出て来て領主などと……」


「わかりました。いずれ事が明るみに出ることもあるでしょう、それまで気を落とされませぬよう」




 数日後ラミカが持ち帰った資料もやはり、食堂で会った兵士とファルナさんのご両親の話を裏付けるものだった。騎士ルッツからアカイア駐留軍に対して何度も救援が要請された記録、それからアカイア冒険者ギルドの資料庫に残されていた依頼書。その表題は……


「『フィン北の古城に隠された財宝の探索』?何これ?」


「まあ読んでみなって。お菓子あげるから」


「フィンの町から北に徒歩で二刻ほどの距離に古城があり、そこにはエルトリア王国黎明期に反乱をくわだて滅亡したパルマー子爵の莫大な遺産が隠されているらしい。それを持ち帰った者には報酬の他に、遺産の半分を提供する……ずいぶん胡散臭うさんくさくない?」


「ねー。でも行った人いるらしいよ」




 記録によると都合五組の冒険者が派遣されたが三組が未帰還、残りの二組も財宝を発見することはできなかった。その後は未帰還率の高さと財宝とやらの信憑性しんぴょうせいが薄れたことから放置され、一年後に取り下げられている。


「依頼者はダルトン・リグリー、日付は五年前……」


 古城から死霊が現れるようになった半年ほど前だ。あの兵士さんが言っていた通り、ダルトンさんが古城に手を出したことで町に死霊を呼び寄せてしまったのだろうか?


「じゃあ行こうか。ラミカ、支度して」


「どこ行くのー?」


「例の古城」


「なんでぇー?ユイちゃんも財宝ほしいの?」


「そんな訳ないでしょ。確かめたいことがあるの」


 現在の町の様子は把握できたし、ルッツさんが領主の職を追われるに至った経緯もある程度明らかになった。

 巡見士ルティアとしての仕事だけを考えるならばこれで十分だ。あとは報告書をまとめて国王陛下の判断を仰げば良い、おそらくルッツさんの名誉を回復することはできるだろう。


 だが、いつまた現れるかわからない死霊におびえて暮らす町の人々を思えばこれだけでは足りない。それに古城の中でファルナさんの姿を見たという話も気になるところだ、晴れてご両親やルッツさんに報告するためにはこの目で確認しなければならない。


「しょうがないなー。それじゃあ行きますか」


「ん?うん」


 一言文句が挟まっただけで妙に素直なところを見ると、最初から私の行動を予測していたのだろう。

 怠け者で不真面目でおちゃらけているように見せているが、中身は敏感で思慮深くて友達想い。ラミカとはそういう子だ。

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