死霊達の主(三)

 人口三千を超えるフィンの町はそれなりに栄えているが、活気があるという印象は受けない。初夏だというのに人々はみな黒っぽい外套を羽織り、開放感とは無縁の表情をしている。


 これは重い雲の中にいるような霧雨のせいだけではなく、漠然とした停滞感や不満が町を覆っているためのように思える。エルトリア王国の巡見士ルティアとなって一年余り、いくつかの町を巡り様々な人に出会ったことで、些細ささいな事柄から全体の雰囲気を感じ取ることができるようになってきたのかもしれない。




 前領主であった騎士ルッツさんが死霊に恐れをなして逃亡したという噂は広く信じ込まれている。だがやはりと言うべきか、本人を良く知る者ほど首をかしげる。あの誠実で責任感が強いルッツさんが町を見捨てて逃げ出すだろうか、と。


 もう一つ言えることは、あれほど自画自賛の暴風雨を吐き出した現在の領主代行ダルトンさんの評判は決して良くない。

 人の悪口と自画自賛ばかりで功績は皆無、ならず者を集めた自警団が領主代行の私兵になっている、特産品の軟膏の質を落として差額を着服している、何故あのような男が領主になってしまったのか、等々。誰に話を聞いても不満が出てくるという有様で、本人の自己評価とは大きなへだたりがあるようだった。


 こうなると、ルッツさんの悪評を流したのはダルトン領主代行ではないかという疑いが浮かんでくる。前任者を徹底的に叩くことで自身の評価につなげるという手法は、どのような世界のどのような時代でも手垢てあかがつくほど使われてきたものだから。




 一日じゅう噂話を集めた私は宿に戻り遅い夕食を採っていたところ、偶然にも食堂でルッツさんの元部下だったという中年の兵士に話を聞くことができた。


「ルッツ様が逃げ出すものか!あのお方は常に体を張って部下を気遣うような人だ、くだらん噂を流したのはダルトンの豚野郎に違いない!」


 そうかもしれません、と曖昧あいまいに頷いただけの私に麦酒エールおごってくれたところを見ると、よほど腹に据えかねるものがあったのだろう。


「なにしろダルトンの奴は、不正をはたらく商人どもを一掃したルッツ様を逆恨みしていたのだからな」


「アカイアの冒険者どもをきつけて死霊どもを怒らせたのも奴の仕業だ。嘘だと思うなら冒険者ギルドに聞いてみるといい」


「ルッツ様が町を離れたのはアカイア駐留軍に助けを求めるためだ。それを逃げ出したなどと噂を吹き込んだ奴が領主代行とは、まったく腹立たしい」


「押し寄せる死霊どもから町を守ったのはルッツ様の奥方だ。町外れにご両親が住んでいるから聞いてみるといい」




 等々、兵士さんのお話はいずれもダルトンさんの主張と思い切り矛盾する内容だったので、どちらかが必ず嘘をいているということになる。


 裏を取るのもそれほど大変ではない。アカイア市に出向いて冒険者ギルドと駐留軍に確認すれば良いし、フィンの町では不正をはたらいていた商人とやらに絞って調査を進めれば良い。それから辛い事かもしれないが、ルッツさんの義両親にもお話を伺いたいところだ。どちらかをラミカに頼んで……




 などと考えつつ部屋の扉を開けると、寝間着から盛大にお腹を出した天才魔術師がお菓子の袋を抱えたまま爆睡していた。散乱した食べかすと袋の数から見て、この子はまた一日じゅう部屋でお菓子を食べていたに違いない。


「この子ったら、放っておいたら家から一歩も出ないんだから」


 ラミカのお母さんが言った通りだった。丸々と膨れたお腹をぺちんと叩いて、私はこの子にアカイア市へのお使いを頼むことにした。

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