人の姿をした獣(八)

 男の背から剣を引き抜く。ずるりと泥人形のように崩れ落ちたその向こうには、大切な友人の姿があった。


「間に合った……?」


 思い出したように息を吐き出し、大きく吸い込んだ。

 プラたんの耳が垂れ下がる。相変わらず表情は無いが、付き合いの長い私にはわかる。これは色々な感情が混じり合って言葉に困っているのだ。


「ごめんプラたん、遅くなっちゃった」


「……ん」


 私は鍔元つばもとまで血に濡れた細月刀セレーネかかげ、前に突き出した。


総員突撃アッサート!アルバール小隊全員を捕縛します!」


総員突撃アッサート!」


 唱和しょうわした五十名の正規兵が私を追い越し、『敵』に襲いかかる。亜人種自警団と交戦中だったアルバール小隊は後背からの奇襲を受け、ひとたまりもなく崩れ去った。




 だが中には例外もいる。小隊長アルバールは『あかね色の剣士』エアリーと剣を交えつつも、卓越した剣技で他の兵士を寄せ付けずにいた。

 それを取り囲む正規兵を制して私が進み出ると、二人は同意に剣を引いて向き直った。


「ユイちゃん!?なんで?えっ、どうしてここにいるの!?」


「お前は!いつも俺の邪魔を……」


「邪魔をしているつもりはありません。ただ貴方あなた蛮行ばんこうが人を不幸にし、法に触れる。それだけです」


「ふん、俺はカーマイン男爵閣下につかえる身だ。巡見士ルティアごときが調子に乗るな」




 気の毒だが、その逃げ道はもう使えない。この男はもう切り捨てられたのだから。


「このたびの亜人種虐殺についてカーマイン男爵は一切いっさい関知しておらず、アルバール小隊全員の捕縛を許可しました。いさぎよく剣を捨てなさい」


「ふざけるな、ふざけるなよ!俺にはこの剣がある!死にたい奴からかかって来い!」


 黄金こがね色の長髪を振り乱して、かつての『俊才』は豪語した。

 後ろ盾を失くし、五十名の正規兵と十名ほどの亜人種自警団に囲まれてなおこの自信。この男の命運は尽きたとはいえ、無闇に捕らえようとすれば大きな被害が出てしまうだろう。


 この男には自分で引導いんどうを渡したいところだけれど、今は先を急がねばならない。私は『あかね色の剣士』の肩を叩いた。


「エアリー、任せていいかな」


「ん、任せて」


「はっ、負け犬が!何度やっても同じことだ」


「大丈夫。エアリーはもうあんな奴に負けたりしない」


 半年前はアルバールに敗れたエアリーだが、私には彼女の優勢がはっきり見えていた。


「だってさ。やってみようか」


「ふん、後悔することになるぞ」




 激しい金属音を背中で聞き、再び深い森を一人で駆ける。


 アルバール小隊のほとんどを捕らえたが、近くにエルフリーデの姿は無かった。そしてヤサク、あの男も。


 私はエルフリーデを守ると誓ったのだ。必ずあの子を、大切な友人を、不幸の螺旋らせんから救い出さなければならない。

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