人の姿をした獣(七)

 金糸で刺繍ししゅうが施された濃緑色の士官服、腰には業物わざもの細月刀セレーネ

『雑用係のアイシャ』は髪色を黒から銀に戻してカーマイン砦に戻った。




 まずは正規軍百五十名を率いて中隊長に面会。やや高圧的に王命と男爵の意向を伝え、早々にアルバール小隊の捕縛を認めさせた。


 そのアルバール隊は亜人種自治区を巡回中との事で、一代騎士エクエスルッツさん以下百名をここに残し、私が五十名を率いてアルバールを捕縛ほばくに向かう。その手筈てはずを整えている時。混乱の中、私を見つけた雑用係の皆が駆け寄ってきた。


「アイシャ!その格好は何!?」


「ベラさん、皆さん。名を偽っていたこと、申し訳ありませんでした。これよりアルバール小隊を捕えに参ります」


 全員が口を開けたまま私を上から下までながめたものだが、一人足りない。小柄で目が不自由なエルフリーデ、あの子だけがいない。


「エルちゃんは?エルフリーデはどこですか?」


「ああ、あの子はね……」


 悪くしたことに、エルフリーデはちょうどアルバール小隊に同行しているのだという。


 昼の巡回には食事の用意などをするため雑用係が一~二名同行するのだが、今日はちょうど彼女の当番だったのだ。あの子は目が悪く屋外を歩くのも不自由だというのに、配慮も何もあったものではない。


「急ぎましょう。進発します!」


『敵』の位置はもう知れている。雑用係として武器の手入れをしたとき、アルバールの剣に【位置特定ロケーション】の魔術を掛けてあるから。


 位置は西南西に二千歩ほど。それほど遠くはない、だが嫌な予感がする。

 よりによってこんな時に、一人ではろくに身動きできないエルフリーデが一緒とは。


 次第に森が深く、暗くなる。柔らかい春の下草を踏みしめ、私と五十名の兵士は巡回路を急いだ。




『敵』まであと二百歩余り。昼なお暗い森の奥、前方から複数の声と撃剣の音がする。おそらくはアルバール小隊と亜人種自警団が交戦中なのだろう。


「ははっ、こいつエルフか?」


「耳だけじゃ勿体もったいねえな。半殺しにして連れて帰るぞ」


「……っ!」


 いくつかの人影が絡み合う中、その小さな姿に見覚えがある。

 豊かに波打つ亜麻色の髪、そこから突き出た細長い両耳。ハーフエルフの魔術師は【根の束縛ルートバインド】の魔術で二人までを拘束したものの、辛うじてそれを逃れた男が剣を振りかざした。


「やりやがったな!ぶち殺してその耳いでやる!」




 ハーフエルフの魔術師プラタレーナ、彼女とは一体どれほどの時間を一緒に過ごしたことだろう。

 無口で無表情で、でも耳を見るとすぐ機嫌がばれてしまうプラたん。真面目で几帳面きちょうめんで、でもお酒が入ると綺麗な声で歌い出すプラたん。軍学校の同期生というだけでは決してない、私の大切な友達。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」




 私が魔術を学びおのれを鍛え上げたのは大切な人を守るため、きっと今この時のためだ。


「お願い、間に合って!」


 半瞬の迷いもなく一杯に伸ばした細月刀セレーネが男の背中を貫いた。

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