人の姿をした獣(六)

 ヤサクの横暴、アルバール小隊の蛮行、それを黙認する中隊長の怠慢。カーマイン砦で行われていた数々の違法行為をこの目で確認した私は、それを報告すべく一度王都に戻った。




 それに先立ち『雑用係のアイシャ』は二十日と経たず職を辞することになったのだが、その別れ際には皆が私の幸福を祈ってくれたものだ。


「そうだよあんた、それがいいよ」


「二度とこんな所に来るんじゃないよ」


「まったくさ。遠いところで幸せになるんだよ」


 一番仲良くしてくれたエルフリーデは不自由な目に涙をめて、握った手をなかなか離してくれなかった。


「私にも優しくしてくれてありがとう。元気でね、またどこかで会いたいな」


 彼女達は自分の意思であの砦で働いている。それぞれ事情を抱えているのだろうし、エルフリーデのように他の仕事にくのが難しい娘もいる。仕事が無くなればその日の食事にも困るかもしれない。


 でも、それでも。悪行あくぎょうはびこるあの砦で、彼女らの扱いはあまりにもひどい。彼女らが安心して務められるよう、これ以上亜人種達の被害を出さぬよう、カーマイン砦のうみを一掃すべきだ。




 そして今。私はエルトリア王国の士官服に身を包み、カーマイン男爵領に戻って来た。


 与えられた兵力は、一代騎士エクエスルッツさんが率いる正規軍百五十名。質、量、装備、仮にカーマイン砦の全体が敵に回ったとしても、全てにおいてこちらが上回っている。


 いきなりエルトリア王国の正規軍に踏み込まれたカーマイン男爵は目を白黒させ、しどろもどろに弁解を始めた。彼の前には翼人族ハルピュイアの翼など、亜人種の体の一部を使った装飾品が並べられているというのに。


「いや、その、これはだな。そう、模造品レプリカ。鳥の羽で作った模造品レプリカなのだよ」


左様さようですか。私達も噂をもとに閣下を追及しようなどとは思いませんが……」




 エルトリア国王に直属する巡見士ルティアの権限は広く、貴族といえどその調査を拒否することはできない。

 ただし爵位というものもやはり伊達だてではなく、このように明らかな物証があっても簡単に罪に問えるものではない。王国法は国を効率良く治めるためのものであって、支配階級の権利を制限するものではないから。


 これをまた王都に持ち帰り、後日改めて仔細しさいに調査を……などという流れになれば裏に手を回して有耶無耶うやむやにされてしまいかねないし、何よりアルバールやヤサクの悪行を裁くことができない。


「私は過日かじつカーマイン砦におもむき、アルバール小隊が亜人種を虐殺したところを目撃しました。また、同小隊の者が暴虐な行いを繰り返していることも同様にこの目で見ております」


「ふむ、そうか。では私から強く言っておこう」


「いいえ。亜人種は王国法により、国民であると明確に定められています。これは大量殺人であり、戒告かいこくで済まされる問題ではありません」




 一度言葉を切ったのは、男爵に冷静でいてもらうためだ。今この人を追い詰めるべきではない、むしろ味方につけておくべきだ。


「男爵閣下には、私達がアルバール小隊を捕縛する許可を頂きたい。彼らは王都にて法の裁きを受けることになるでしょう」


 これは取引だ。数々の物証を隠滅いんめつする猶予ゆうよを与える代わりに、アルバールをこちらに引き渡せという取引。


「……わかった。認めよう」


 男爵が了承したことで、アルバール隊の命運は決まった。彼らは切り捨てられたのだ。

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