人の姿をした獣(九)

 亜人種自治区の森は深く、昼でも薄暗い。

 それが夜となれば尚更なおさらだ。ようやく彼らを見つけたのは星が瞬く刻限になってからだった。




 焚火たきびを囲んで、三人の男が倒木に腰掛けている。彼らの前にあるのは、ぼろ布のように横たわるもの。小柄な女性とその衣服のようだが、破れ裂け、汚れきって見る影もない。


 アルバールだけでなく、この男の持ち物にも【位置特定ロケーション】の魔術を掛けておけば良かったのだ。後悔の念に駆られた私は足音を消すこともなく下草を踏みしめ、彼らの前に立った。


「なんだぁ、てめえは」


「女じゃねえか。へへ、こいつはついてやがる」


「待て!気を付けろ、こいつは……」


 三人の男は三通りの言葉を発したが、聞く価値も無い。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け。【光の矢ライトアロー】」


 頭上に出現させた三本の【光の矢ライトアロー】を三方に放つ。左右の男は声もなく倒れたが、中央の男だけは倒木に腰掛けたまま、剣の柄で受け止めたようだ。


「お前、魔術師か」


「……」


 この男の名前はヤサク。人の言葉を話す獣。

 私はその獣を相手にせず、士官服の肩から外套ケープを外してひざまずき、ぼろ布のように横たわる少女に掛けた。


「……アイシャ?アイシャだよね、この声。駄目だよ、逃げて。この人達は……」


「遅くなってごめん……私はあなたを助けに来たの」




 ヤサクと私は同時にゆっくりと立ち上がり、剣を抜いた。


「いい度胸だな、女」


「王国巡見士ルティア、ユイ・レックハルト。人の姿をした獣に死を与えに参りました」


「面白い、やってみろ!」


 静かな夜の森に突如とつじょとして甲高い金属音が響き、驚いた鳥が闇夜に飛び立った。

 分厚く幅の広い無骨な大剣と、細く繊細な細月刀セレーネが闇夜に火花を散らす。




 剣を打ち交わすこと十数合。やはりだ、この男は強い。


 もちろん技術はアルバールに及ばない。だが圧倒的な腕力に加えて、幾度も死線をくぐり命のやりとりを経験した者だけがかもす迫力を感じる。


 もしアルバールとヤサクが戦えば、経過はともかく最後に生き残るのはこの男の方だろう。アルバールもそれを感じ取っていたからこそ、この野獣のような男の蛮行を黙認せざるを得なかったのだ。


「いい腕だ、女。アルバール程度になら勝てただろうな」




 アルバール小隊員ヤサク・バザック。品性下劣にして極めて粗暴な野獣。


 だが一人の戦士として見るならば、これは並大抵の相手ではない。

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