人の姿をした獣(十)

 十数合の手合わせで私の力を見極め、ヤサクは勝利を確信したのだろう。だが。


「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化フィジカルエンハンス腕力ストレングス】!」


 人族ヒューメルの上限に近い彼の腕力は、魔術の力を上乗せした私のそれに遠く及ばず、僅か数合で剣をね上げられて大きく後ずさった。


「なんだと!?馬鹿な……!」


「どうですか?自慢の腕力で上回られた気持ちは」




 この男には致命的な弱点がある。技巧を封じ込めるほどの腕力は大したものだが、それに頼り切った剣術であるため、腕力で上回られると勝機が無いのだ。

 私は剛力を上回る剛力でそれを封じ込め、力任せに押し込み十分に崩しておいて、細身の細月刀セレーネで分厚い大剣を叩き折った。


「やるじゃねえか!」


 大剣を放り投げ、腰帯から引き抜いた短剣を腰だめに構えて飛び込んでくる。

 この切り替えの早さ、思い切り、やはり何度も死線をくぐった者の動きだ。さらに短剣を叩き落してもひるまずつかみかかってきたところからもそれがうかがえる。




 だが、最後にこの男は私を見誤った。小柄な女とあなどったのだろうが、生憎あいにくと今だけはこちらが腕力で上回っている。

 カチュアのように鮮やかにとはいかないが、迷いなく剣を手放しての背負い投げショルダースロー。背中から地に叩きつけ、改めて拾い直した愛剣で丸太のように太い左腕を斬り飛ばした。


「どうですか!?得意の暴力で圧倒された気持ちは。体を斬り落とされた気持ちは!」


「ま、待て!俺の負けだ、もうやめてくれ!」


 ヤサクは地面に両ひざを着き、ひじから先が無くなった左腕を掲げた。




 この男が命乞いのちごいをするとは思わなかった。あれほどの暴虐を重ねるのは、より強い者に敗れれば全てが終わることを覚悟の上だと思っていたから。その覚悟さえ無く他者をしいたげていたとは、重ね重ね許しがたい。


貴方あなた命乞いのちごいする相手をどうしましたか。あの翼人族ハルピュイアの子をどうしましたか!エルフリーデをどうしましたか!」


「お前は巡見士ルティアだろうが!王国法はどうした、捕虜としての扱いを要求する!」


「どこまでも勝手なことを……」


 私はこの男を獣だと思っていた、だから最後まで油断せずに済んだのかもしれない。


 ヤサクの右手が軍靴に伸びる。慣れた動作でそこから放たれた短剣は、私の喉に突き刺さる直前で細月刀セレーネつばはばまれた。


「人の形をしているだけのけだもの!人の痛みを知りなさい!」




 いよいよ覚悟を決めたか、ヤサクは本物の獣のような動きで飛びかかってきた。


 それをかわしざま真横に一閃、振り向きざま斜めにもう一太刀。なおも逃れようとする背中から刃を突き通して、ようやく野獣は地に転がった。


 鍔元つばもとまで濡らす獣の血、この手に残る不快感。


「どうしてこんな事を笑ってできるんですか。どうして……」




 私が命乞いのちごいをする者を斬り、逃げようとする相手をつらぬくなど、後にも先にもこの一度きりだった。

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