メブスタ男爵家調査依頼(六)

 魂喰いソウルドレイン。生と死の境界に棲み、迷い込んだ生者の魂を喰らう異界の存在。


 その名を知ったのは軍学校の授業だったか、図書室の資料だったか。とにかく印象的で正確な挿絵のおかげだ。黒いぼろ布から突き出た骨と皮だけの大きな両手、それのみが虚空に浮かんでいる光景は禍々まがまがしい事この上ない。


 男爵が招いた魔術師が操るのは、死霊術ネクロマンシーではなく召喚術サモンズだったか。単に魔術師一人を制するだけと思っていたのに、厄介なことになってしまった。




 だからこそ先手を譲るわけにはいかない。魂喰いソウルドレインを無視して全速で部屋を横切った。


身体強化・敏捷フィジカルエンハンス・アジリティ】の恩恵で、ただの三歩。体重を乗せた右足が老魔術師の腹にめり込み、壁まで蹴り飛ばした。衝撃で窓が割れ、派手に破片が飛び散る。


 だが、後から思えばこれが苦戦の原因だったかもしれない。証人にすべく生かして捕らえようとした、老人だからと加減した。その判断が間違っていたとは思わない。だが老魔術師の顔から流れる青い血を見て、自らの誤算に気がついた。


魔人族ウェネフィクス!」


 外見は人間と変わらないが、寿命、知性、身体能力、魔力、その全てにおいて数段優れる種族。かつて死闘の末にたおしたことはあるが、まともに戦って勝てる相手ではなかった。この老人も同族であるからには我々人族ヒューメルとは比べ物にならない耐久力を有しているはずだ、手加減した蹴撃しゅうげき一発で動けなくなる相手では決してない。


「ユイちゃん、後ろ!」


 ラミカの声に身を投げ出す。髪先に何かが触れた気がする、おそらくは魂喰いソウルドレインの手がかすめたに違いない。この異界の生物は触れるだけで生者の魂を吸い取ることを思い出して背に寒気が走った。

 立ち上がろうとしてもう一度床に転がる。老魔術師の杖から放たれた【闇の矢ダークネスアロー】が頬をかすめて壁で弾け、調度品の壺や瓶が床で砕け散る。


「ラミカ、そっちはお願い!」


「あいよー」




「そっち」などと言い捨ててしまったが、そっちは魂を喰らう異界の魔物だ。簡単に引き受けられる相手ではないはずだが、この事態にも間延びした返事が返ってきた。

 さすがは天才と言うべきか天然と言うべきか、ともかく私は相手を魔人族ウェネフィクスの老魔術師のみに絞ることができる。


 再び放たれた【闇の矢ダークネスアロー】を鍔元つばもとで受け止め瞬時に距離を詰める、だが正面からの斬撃は半透明の【物理障壁フィジカルバリア】に弾かれた。

 淡い光の向こうで老人がにやりと笑う。たかが剣士の斬撃など【物理障壁フィジカルバリア】で完封できる、障壁の奥から魔術で一方的に攻撃できる。魔術師の基本的な戦術だ、しかし。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 光の矢が老魔術師の胸で弾けた。その表情が笑いから驚きに、次いで焦りに変わった。

 同時に発現できる魔術は熟練の魔術師でも二つまで。

物理障壁フィジカルバリア】と【魔術障壁マジックバリア】、どちらか片方では私の攻撃を防ぐことができない。両方を使えば破壊魔術が使えず、無抵抗で接近を許してしまう。魔術と剣術の両方を扱う魔術剣士ソルセエストは中途半端とも言われるが、同格の魔術師に対しては圧倒的優位に立つことができる。


 光の矢と細月刀セレーネが同時に胸を貫き、老人は崩れ落ちた。だが魔人族ウェネフィクスを相手に油断はできない、引き抜いた剣でその首を落としてようやく息をつく。

 そして振り返った私が見たものは、光と闇が狂い乱れる夜祭よまつりのような光景だった。


「なにこれ……」


 魂喰いソウルドレインが放つ【暗黒球ダークスフィア】とラミカが放つ【光の矢ライトアロー】の魔術が続けざまに轟音を立てて激突し、この部屋どころか石造りの邸宅そのものを震わせる。




 かつて天才と呼ばれた魔術師は、はちきれんばかりの豊満な肉体で可愛らしいブラウスの胸ボタンを弾き飛ばしつつ、異界の魔物さえ圧倒していた。

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