メブスタ男爵家調査依頼(七)

 魂喰いソウルドレインがぼろ布のような身体を震わせ、同時に四個の【暗黒球ダークスフィア】を放つ。ラミカが頭上で左手を舞わせ、出現させた五本の【光の矢ライトアロー】を撃ち出す。屋敷を揺るがす轟音が響き、光と闇が飛沫を散らして互いに消滅する。


 勢いに勝る光の矢が魂喰いソウルドレインの【魔術障壁マジックバリア】を叩く。障壁がひび割れ、砕け散り、最後の一本が本体に直撃した。宙で奇怪に跳ねる黒いぼろ布に追撃の【光の矢ライトアロー】。異界の魔物はその姿を明滅させ、明らかに存在力を低下させている。




 部屋を見渡すと、ユッカ君とアロイスさんが男爵と夫人を、三人の兵士が使用人のアイネさんを、それぞれ背にかばっている。どうやら勝てそうか、という判断は甘かったようだ。


「貴様ら何者か!ユッカペッカ、そこをどけ!」


「落ち着いてください、父上!」


 剣を抜こうとする男爵をユッカ君とアロイスさんが懸命に押しとどめている。異界の存在と戦う私達に剣を向けようとするなど理解できないが、男爵の怒りと悲しみは分からなくもない。愛する妻を永らえさせようと邪法にまで手を染めたというのに、目の前でその力が失われたのだから。


 そこに魂喰いソウルドレインがゆらりと迫った。アロイスさんが騎士らしく立ちはだかり剣を舞わせる。

 彼の腕は悪くない、瘴気しょうきをまとう異界の手を受け止め跳ね返し、さらには背後から迫った私と同時に斬りつけた。

 だがこの手に残ったのは布を切り裂いた感触だけ。おそらく普通の剣では本体を傷つけることができないのだろう、大きく裂けた黒い布切れは宙で素早くひるがえり、体勢を崩したアロイスさんを覆った。


「おお……お……」


 忠実な騎士が片膝をついた。その頭髪が見る間に白く変わっていく、魂喰いソウルドレインに文字通り魂を喰われつつあるのか。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!」


 私とラミカの【光の矢ライトアロー】に弾かれた魂喰いソウルドレインは、身体を明滅させながら宙を彷徨さまよい床に落ちた。先ほど倒した魔人族ウェネフィクスの上に覆いかぶさるように。




 まさか、と嫌な予感がした。カラヤ村での三回目の小鬼ゴブリン討伐を思い出す。あの時は確か……


「我が内なる生命の精霊、宿りて輝け!【魔力付与マジックエンハンス】!」


 魂喰いソウルドレインに駆け寄り、魔力を帯びて白く光る細月刀セレーネを突き入れた。確かな手応えはある、だが与えた損傷よりも魔人族ウェネフィクスから吸収する生命力の方がはるかに大きい。


「だめだ!ラミカ、お願い!」


 続けざまに放たれた【光の矢ライトアロー】は魂喰いソウルドレインを直撃したが、その存在を消滅させるには至らない。


 不意に私の眼前に黒い球体が出現した。【暗黒球ダークスフィア】の魔術、だが威力は先程までと比べ物にならない。咄嗟とっさに発現させた【魔術障壁マジックバリア】が粉砕され、部屋の入口まで弾き飛ばされた。自分から床に転がることで受け身を取ってようやく立ち上がる。


 そうだった。以前カラヤ村の洞窟にて、魔人族ウェネフィクス亡骸なきがらを喰らう小鬼ゴブリン魔術師に遭遇したことがある。たかが小鬼ゴブリン、初級魔術しか修得していない小鬼ゴブリン一匹にだというのに、その膨大な魔力に圧倒されたものだ。魔人族ウェネフィクスの体を取り入れれば魔力が増幅されるとでもいうのだろうか?


「ユイちゃん、大丈夫?」


「なんとかね。ラミカはどう、余裕ある?」


「どうかなー。太っちゃったからなー」


「そういう問題?」


 思わず力が抜けてしまいそうになったが、こんな時に恐慌パニックに陥らず軽口を叩ける相棒というのは心強い。たび重なる誤算から不利を招いてしまったが、おかげで少し冷静さを取り戻した。切れた唇の端を袖でぬぐって魂喰いソウルドレインに向き直る。


 魔人族ウェネフィクスを吸収し尽くしたぼろ布は、最初に見たときよりも深く濃く黒く、強く存在を主張して宙に浮かんでいる。

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