メブスタ男爵家調査依頼(八)

 轟音。閃光。魂喰いソウルドレインの【暗黒球ダークスフィア】とラミカの【光の矢ライトアロー】が再び闇と光を撒き散らす。互いを消滅させ合った残滓ざんしが【魔術障壁マジックバリア】に弾けて虹色に輝く。破壊魔術の撃ち合いは互角に見えたが、天才魔術師の表情から余裕の色が消え失せていた。




 学生時代から気付いてはいた。ラミカは魔術の才能に溢れ、幼少から当然のように操ってきたためか、その魔術は丁寧さと効率に欠ける。この【光の矢ライトアロー】にしても太く見えるのは魔力の強さだけでなく収束率が悪いからだし、狙いに精度を欠くため無駄弾も多い。その豊満な体に膨大な魔素マナを抱えるとはいえ無限ではないし、おそらく体力は一般人以下だ。戦いが長引けば次第に分が悪くなってくるだろう。


「我が内なる生命の精霊、宿りて輝け!【魔力付与マジックエンハンス】!」


 愛用の細月刀セレーネに自身の魔力を宿らせ、意を決して駆け出した。光と闇が激しく交錯する渦中に飛び込み、黒いぼろ布のような異界の生物を切り裂く。

 だがこの圧倒的な存在に対して効果は微々たるものだった。小うるさげに出現させた、ただ一個の【暗黒球ダークスフィア】に弾かれて再び壁際まで飛ばされる。


「ユイちゃん!」


「……っ、こっちは大丈夫、だよ!」


 二十歩四方あまりの部屋が黒く染まった。闇色の球体が次々とラミカの【魔術障壁マジックバリア】に弾け亀裂を入れる。


「どうしたのラミカ!もう魔素マナ切れ!?」


「ううん、まだ大丈夫、だけど……」


「じゃあ弱気になっちゃ駄目!撃ち合わなきゃ!」


 ラミカの魔素マナがこの程度で枯渇するわけがない事くらい知っている。それにやや押され気味とはいえ、魔力はほぼ互角。このような戦況で一番いけないのは弱気になることだ、反撃の手を止めれば敵はかさにかかって攻めかかるものだから。


「わかった、でも……」


 魔術の威力は術者の精神状態に依存するものだ。ラミカの【光の矢ライトアロー】に先程までの威力はなく、より強い闇に飲まれて消滅してしまう。無理もない、類稀たぐいまれな才能を持って生まれた彼女は魔術で後れを取った経験など無いのだろう。




 逆に私は、と考えて急に可笑おかしくなってきた。私はといえば食人鬼オーガー魔人族ウェネフィクス鷲獅子グリフォン、そしてこの魂喰いソウルドレイン、格上の妖魔や魔獣と戦ってばかりだ。苦戦慣れしているおかげで逆境に陥ると頭を働かせる余裕が出てくるというのは、多分おかしな話だ。


「万里を駆ける風の精霊、我が剣と共に舞い踊れ!【剣の舞セイバーダンス】!」


 軽く放り投げた細月刀セレーネを左の人差し指で操作すると、部屋の入口に突き立った。


「ラミカ、【魔力付与マジックエンハンス】お願い!」


「えっ、うん……」


 その間こちらは時間稼ぎ。闇を撒き散らしながらラミカに迫る魂喰いソウルドレインに駆け寄り、至近距離から【光の矢ライトアロー】を撃ち込む。たいした損傷ではないが小賢こざかしいと思ったのだろう、私に向き直り【闇の矢ダークネスアロー】と【暗黒球ダークスフィア】を乱射する。回避に専念しているとはいえ一部はかわしきれずに革鎧を、体を叩いて弾け、皮膚が裂けて激痛が走る。


「ユイちゃん、いくよ!」


「早く!」


 だが不格好な手つきでラミカが投げた私の剣は、あらぬ方向に飛んで床を滑った。


 一瞬の空白、異界の魔物も私達の間抜けぶりをあざけったのかもしれない。でもめてもらっては困る、付き合いの長いラミカの運動音痴など織り込み済みだ。


「来い!【剣の舞セイバーダンス】!」


 床に転がった剣は生き物のように跳ねて私の右手に収まった。先程までとは違い、天才魔術師の魔力を付与された細月刀セレーネは目もくらむほどに白く輝いている。




 真横に一閃。骨と皮ばかりの手を二つまとめて両断した。

 真上からの斬り下ろし。黒いぼろ布を真っ二つに裂いた。


「ラミカ、お願い!」


 言い終わらぬうちに極太の【光の矢ライトアロー】が三本、四本、五本。体を明滅させ奇怪に跳ねるぼろ布はどこかに逃げ去ろうとしたのかもしれないが、白く輝く細月刀セレーネがそれを許さず刺し貫いて壁に縫い付ける。


 魂喰いソウルドレインは見る間に薄く小さくなり、やがて蒸発するように存在を消滅させた。




「ぶへー……疲れたぁ」


 ラミカは魔力よりも体力を使い果たしたのだろう。だらしなく床にお尻を着き、スカートから白い足と黒い下着を盛大に覗かせている。


 崩れ落ちた壁、かつて窓であった穴、原型をとどめない調度品。光と闇の饗宴きょうえんは終わりを告げ、室内の惨状が私達を現実に引き戻した。

 メブスタ男爵テトリクスさんも全てが終わったことを悟ったのだろう、命なき妻よりも虚ろな目で宙を見つめていた。

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