メブスタ男爵家調査依頼(五)

「あ、旦那様。このような場所に足をお運びになるとは……」


「アイネ、おぬしに用がある。ついて参れ」


 西陽にしびが射し込むメブスタ男爵家の一室。部屋の中央に置かれた水晶球から声が発せられ、私達は一斉に立ち上がった。




『【風の声ウインドボイス】中継点の設置による音声伝達距離の延長』


 今回の作戦には、魔術科の先輩にあたるフレッソ・カーシュナーの研究成果を使わせてもらった。


風の声ウインドボイス】は術者の周囲三歩ほどの音を遠くに届ける魔術だが、その伝達距離は五百歩ほどが限界で、さらには遮蔽物しゃへいぶつなどがあれば効果が著しく弱まってしまう。それをあらかじめ【風の声ウインドボイス】を常駐させた水晶球を中継点とすることで伝達距離を延長し、場合によっては複数個所に音を届ける技術だ。開発者に対しては複雑な思いがあるものの、魔術の応用法として極めて有用であることは間違いない。


 最近雇われたという使用人、アイネさんに身に着けてもらっている水晶の首飾りには、【風の声ウインドボイス】と【位置特定ロケーション】の魔術をほどこしてある。彼女の周囲の音が屋敷の各所に置かれた水晶球を中継して私達の部屋まで伝達され、現在地も判明するという仕組みだ。




 当主テトリクスさんが呼んだという魔術師が到着したのはつい先程。すぐ行動に移したところを見ると、よほど待ちかねていたのだろうか。


「三階に上った。左に曲がって、奥に向かってる」


位置特定ロケーション】の術者である私がアイネさんの位置を伝え、ユッカペッカ君を先頭にアロイスさん、私とラミカ、兵士三名が続く。当初はやや人数が少ないように思ったが、一人を相手に魔術師を含む総勢七名なら十分だ。むしろ屋内で多人数では動きが鈍くなるし、今回の作戦は当主の意に反してもいる。人選に気を配る必要があるのだろう。


「この先三〇歩。右奥の部屋の中」


「父上の私室か……」


 先程の男爵の様子からすると、それほど余裕はなさそうだ。装飾が施された扉の前に揃った私達は、ラミカが持つ水晶球から発せられる声に耳を傾けた。


「あの、旦那様、これは……」


早速さっそく始めてもらおうか」


「承知しました」


 ひっ、と引きった悲鳴が上がり、扉の把手とってが激しく鳴った。使用人のアイネさんが部屋から逃げ出そうとして鍵のかかった把手とってを回しているのだろう、アロイスさんが頷いたのは突入許可の合図。


「我が生命の精霊、偽りの鍵となりてその封を解け!」


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!」


 ラミカが【開錠アンロック】を、私が【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】をそれぞれ唱える。ラミカの手が触れた扉が淡く光り、アイネさんが転がり出ると入れ替わりに部屋の中に踏み込む。




 夕刻にもまだ早いというのにカーテンが閉められた薄暗い部屋。奥に当主テトリクスさん、灰色ローブの老魔術師。夫人エンデさんが無表情で立っているところまでは予測通りだったが、中央に浮かぶ異様な生物だけは全くの想定外だった。


魂喰いソウルドレイン!?」


 宙に浮かぶ黒いぼろ布から骨と皮だけの大きな手が飛び出ている、そうとしか表現しようのない異界の存在。それは私達を察知したのか、くるりと向きを変えた。


 ぼろ布の中身が私を見ている、のだと思う。

 だがそれと目が合うことはなかった。布の中には顔や目どころか何もなく、闇だけが存在していたのだから。

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