メブスタ男爵家調査依頼(四)

「ねえラミカ、どう思う?」


「あんまり塩味が濃すぎると飽きちゃうんだよねー。素材の味を前面に出してほしいっていうか」


「ごめん、お菓子の好みじゃなくって、エンデさんのこと」


「あー」


 穏やかな海を望むメブスタ男爵家の一室。お菓子を食べているラミカに突然話しかけたのだから、これは私が悪い。




「遺体そのものは【保存プリザーブ】の魔術で保てるけど、動いたりはできないはずだよね。どういう理屈なのかな」


「近くから人形みたいに操るだけなら、できない事もないけど。そんな感じじゃなかったねー」


「うん。男爵とユッカ君の他には誰もいなかったし、一応自分の意思で動いたり、うなずいたりしてた」


「死人を生き返らせたり、意思を持たせたりなんて魔術の範疇はんちゅうじゃないよねー」


「うーん……」


 少なくとも私達が学んできた魔術ソーサリーにそのような代物はなかった。だが超常の術というものは魔術以外にいくつか存在しており、異界の者を召喚する召喚術サモンズ、死者を操る死霊術ネクロマンシー、負の感情や怨念を力の源とする呪術カースなどがそうだ。ただしそれらは邪法として忌み嫌われていることから学ぶ者は極めて少なく、資料収集の手段さえ限られるという。


死霊術ネクロマンシーなんて噂だけだと思ってたけどなー」


「やっぱりその線かなあ」




 不意に扉が二回叩かれた。ラミカと顔を見合わせ立ち上がる。


 扉に【施錠ロック】の魔術を掛けてあるのも、食事を外で済ませるようにしているのも、断崖に臨む海側の部屋を用意してもらったのも用心のためだ。魔術師である私とラミカなら、いざとなれば【落下制御フォーリングコントロール】と、水面を歩く【浮葉フロートリーフ】の魔術で窓から海沿いに逃げることができる。


 剣を鞘ごと左手に握ったまま、入口側の壁に背を預けて右手で把手とってを回す。これは武官研修で教わった扉の開け方だ、敵に踏み込まれてもすぐ対応できるようにと。


 廊下に立っていたのはユッカペッカ君と騎士アロイスさんだったが、彼らもまだ完全に信用できる相手とは思っていない。二人を招き入れて再び【施錠ロック】の魔術を掛けたのもそのためだ。




「作戦の打ち合わせに参りました」


 アロイスさんはそう告げたが、その手に持っている物を見て私は少し呆れてしまった。


「ユイ様には、これを着て待機して頂きたいと存じます」


「……申し訳ありませんが、私達は他の方法を考えております」


 彼が手にしているのは、この家に勤める使用人の服だ。最近雇った使用人に成りすまして魔術師を捕らえろというのは本気だったようだ。


 確かに使用人を危険にさらさず、敵に対して先手を取れるという利点はあるが、そう簡単に他人に成りすませるものでもない。

 そして何よりも、こんなひらひらしたスカートで剣も鎧も無しに正体不明の敵と戦う私の身にもなってほしい。この人は頭は切れるのかもしれないが、どうも陳腐な筋書きが好きなように思える。


「ええー?いいじゃん、ユイちゃんが着ないなら私が着るー」


「……まあいいけど。服がきつくて動けないとか、スカートで戦えないとか言わないでよ?」


「だいじょぶだよー」




 何故か乗り気なラミカが満面の笑みで使用人の服を受け取り、主に私とアロイスさんが意見を交換して作戦の細部を打ち合わせる。この人は有能ゆえの傲慢さはあるものの確かに思慮深く、頼りになることは間違いなさそうだ。


「実行にあたって、一つ条件があります。ユッカ君を私達に同行させてください」


「ユッカペッカ様を?そのような危険な真似は……」


「どう?ユッカ君」


 男爵家の嫡男ちゃくなんは、その目どころか全身でおびえの色を見せた。

 軍学校でのユッカ君はカミーユ君と並び称されるほどの虚弱で知られていた。今回も戦力的には役に立たないどころか、むしろ邪魔になりかねない。それでも同行を求めたのは、今後の彼にとって必要なことだと思ったからだ。


「……わかった。僕も一緒に行こう」




 この件が終われば彼は男爵家を継ぐことになるかもしれない、それは多くの責任を背負うことを意味する。いつまでも何でも人任せではいけないはずだ。

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