メブスタ男爵家調査依頼(三)

「実際に奥様とお会いになって、いかがでしたか?」


「違和感は様々ありますが……まず、エンデさんから生命の精霊を感じ取ることはできませんでした。既に亡くなられています」


「やはり……」




 ユッカペッカ君とアロイスさんは顔を見合わせて頷いた。母親が亡くなったというのにそれほど衝撃を受けたように見えないのは、予想した答えだったからか。


「では私がすべき調査とは、彼女がそうなるに至った経緯ですか?」


「いえ、そちらはおおむね見当がついております」


 アロイスさんの言葉に私は首をかしげた。


「奥様は三年ほど前、馬車の事故で大怪我をされました。数日後には何事もなかったように生活に戻られたのですが、それ以後はお声を発することもなくなり、お年を召したようにも感じられません」




 他にもこの三年の間に二人、男爵家の使用人が行方不明になったこと。両名とも身寄りのない若い女性であったこと、その事件の前後には怪しげな魔術師が滞在していたこと。さらには当主の指示で最近それに当てはまる女性を雇ったこと、くだんの魔術師を呼ぶよう手配させられ、明後日には来るであろうこと……


「あの……」


 あまりの情報量に、つい口を挟んでしまった。


「ずいぶん詳細な情報をお持ちのようですが、では私を呼んだ理由を教えて頂けますか?」


「この件に関する調査依頼です」


「これ以上何を調査しますか?使用人に変装して、地下で怪しげな儀式をする魔術師を捕らえろとでも」


「そうして頂けると助かります」


「……」


 私はさすがにけわしい顔をしていると思う。皮肉が通じなかったのだろうか。


 そこまで掴んでいるのなら、もう何が起きているか承知しているはずだ。その魔術師とやらが何らかの術をもって男爵夫人の亡骸なきがらいつわりの生命を吹き込んでいる、そのために若い女性の犠牲が必要なのだろう。しかも当主自らが関与している。

 ただ私を指名した理由にはなっていないし、わざわざ呼びつけられて陳腐な筋書きの登場人物にされるのも腹立たしい。


「そこまでご存知なら、男爵家の兵をもってその魔術師を捕らえればよろしいのでは?」


「捕らえれば終わりという訳にも参りません。この件は当家の醜聞しゅうぶん、いずれ陛下の御耳にも入るでしょう。貴女あなたをお呼びしたのは、王都に報告する際の証人となってもらうためです」


「証人が私である必要はないかと思いますが?」


「奥様が既に亡くなられていることは、魔術師でなければわかりません。魔術が使える巡見士ルティアは国内にユイ様だけと聞いております」




 一応の筋は通っている、納得できないのはたぶん感情の部分だ。このアロイスさんという方からは自分の思惑通りに人を動かそうという傲慢さが感じられる、自らの才覚に自信を持っている人にしばしば見られる悪癖だ。


 それにもう一つ気になる事がある。本来ならば最も尊重すべき人の意見が表れていない。


「ユッカ君はどう思っているの?」


「え?僕……?」


「ユッカ君からはまだ何も聞いていないよ。貴方あなたはどうしたい?証拠を掴んで魔術師を捕らえる?私が王都に帰って現状を報告する?それともこのまま様子を見る?」


「ぼ、僕に聞かれても……なあ、アロイス」


「私はユッカ君に聞いてるんだよ」


「どうって、その……皆で話し合って決めてもらえれば……」


 別に責めるつもりはなかったのだが、男爵家の嫡男ちゃくなんは縮こまってうつむいてしまった。


「まあまあ。お母さん亡くなっちゃって、いろいろ大変だよね。お菓子食べる?」


 ラミカにはこういう所がある。アホの子に見えて人との距離感が絶妙で、周りの空気を調節するのが非常に上手い。今回はユッカ君に逃げ道を用意したことで空気を緩めてくれたのだろう。




 人の筋書きに乗せられるのは面白くないけれど、感情に任せて言い争っている場合でもない。私は大きく息を吐き出すと、芋を揚げたお菓子を一つ頂くことにした。

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