メブスタ男爵家調査依頼(二)

 エルトリア王国最南端、海に向かって細長く突き出たベリア半島。暖流の影響で一年を通して温暖なこの地は葡萄ぶどうなど果実の産地として名高く交易の拠点ともなっており、代々メブスタ男爵家が治めている。


「ねえ、ユイちゃーん」


 この地を訪れたのは、巡見士ルティアとしての仕事のため。男爵家からわざわざ私を指名しての調査依頼があったのだ。


「ねえってばー」


 嫡男ちゃくなんのユッカペッカ君とは軍学校の同期だが、剣術科の彼と魔術科の私はそれほど交流があったわけでもない。共通の友人を介して何度か会話を交わしただけだが、ユッカペッカ・メブスタという変わった姓名だけは強く印象に残っている。


「ねえ、まってよー」


「なあに?考えがまとまらないでしょ」


「疲れたよう。何か飲んで休もうよー」


「さっきそこの店でクレープ食べたばかりだよね!?」


 ラミカを連れてきたのは隣町のパラーヤ市に住んでいるからでもあり、出不精でぶしょうな娘をどうにかしてくれと頼まれたからでもあるが、私にとっては護衛の意味合いもある。


 自領への調査依頼はおろか指名など極めて異例なことだし、詳細な内容は現地で伝えるという。しかも王国歴二二八年一六〇日必着、身分を明かさず友人として来訪してほしいとの事だった。どこをどう切り取っても怪しいとしか言いようがない、国を介した公式な調査依頼なので滅多なことは無いと思うけれど……




 そのメブスタ男爵家の邸宅は海に面した断崖にあった。白い石壁に黒っぽい石屋根、三階建ての古めかしい建物が歴史ある港町と穏やかな海を見下ろしている。

 質素だが歴史を感じさせる応接室に通された私達の元に現れたのは、私の記憶通り金髪おかっぱ頭のユッカペッカ君と、いかにも切れ者という印象の細身の男性だった。


「久しぶりだね、ユッカ君。私のこと覚えててくれたんだ」


「うむ。ひさしぶり」


「こっちは魔術科で一緒だったラミカちゃん。会ったことあるかな?」


「初めましてかなー」


「うむ」


 ユッカ君は反応が薄いというより緊張しているのだろうか。彼に関しての少ない記憶をたどると、確か人見知りでおとなしい生徒だったような気がする。


早速さっそくだけど、調査の内容を教えてくれない?」


「それは私からお話ししましょう」


 細身の男性はユッカ君付きの騎士アロイスと名乗り、ここでの話は内密に願います、と前置きした。


 彼が言うには男爵夫人、つまりユッカ君の母親の様子がおかしいという。先入観を持たれぬようにここでは詳細に触れないが、どのようにおかしいかは実際に見てほしい。ただ、できるだけ平静を保って頂きたい……との事だった。

 そんな風に言われては逆に身構えてしまうが、興味も湧いてくるというものだ。私はラミカと顔を見合わせつつも承諾した。




 そうして実際に会った男爵夫人、エンデさんは……


 まっすぐ伸びた金色の髪、白皙はくせきの美貌、精巧に作られた人形のようだ。しかしその水色の瞳は虚ろで、色の薄い唇からは声が生まれることもなく、当主のテトリクスさんの言葉に合わせて何度かうなずくのみ。当たり障りのない挨拶だけを済ませて部屋を出ると、さっそくラミカに背中を突つかれた。


「ねえ、ユイちゃんはどう?幽霊とか、そういうの」


「私だって怖いよ」


「帰っていい?」


「だめ」


 魔術師である私とラミカにとって、彼女から感じた異質さの理由は明白だった。エンデさんからは生命の精霊を一切感じない。つまり……




 彼女は命ある存在ではない。

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