メブスタ男爵家調査依頼(一)

 ジュノン軍学校を卒業し、エルトリア王国の巡見士ルティアとなって一年余り。

 この日私は王国最南端の地を踏むことになった。世界の隅々まで見届けるという夢を果たすための大きな通過点と言えるだろう。


 パラーヤという名の港町、ここには軍学校時代の友人がいるはずだ。


 はずだ、というのはこのたびの来訪を承諾した旨の返事以来、音信が途絶えているからだが、安否については心配していない。彼女はもともと面倒くさがりの筆不精ふでぶしょうだし、何らかの事故や妨害で手紙が届かなかったことも考えられる。何よりあの子は軍学校始まって以来の天才魔術師だ、滅多なことなどあるはずもない。




 白く明るい石壁と赤い屋根で統一された街並みが海と空の青に映える。風が潮の香りを運んでくる。港町らしい急坂を上りきったところで目的の建物を見つけ、早くも夏を思わせる陽射しに乱れた呼吸を整えた。


「ここだ……ベラヌール家」


 ラミカからの手紙には地図も書かれていたのだが、あまりにも雑すぎてとても参考にできる代物しろものではなかった。なにしろ海岸線と道らしき線が何本か引かれている先に『このへん』としるされているだけだから。

 ただ『貿易商のベラヌール家』と道行く人に聞けばすぐに教えてくれて、苦もなくたどり着くことができたのは幸いだった。


 広い敷地を囲む石塀に鉄製の門、石と煉瓦れんがを組み合わせて造られた二階建ての家。学生時代から衣食住に不自由していなさそうだとは感じていたが、思った以上の豪商のようだ。名前と用件を伝えて応接室で待っていると、豚の着ぐるみが扉を開けて入って来た。


「ユイちゃんだー!おひさしぶりー!」


「久しぶりだね!約束通り会いに来たよ」


「なんだよう。揉むなよう」


 初めてラミカと会ったときもこうだった、着ぐるみが牛から豚に変わっただけだ。あの時のようにお菓子の袋は持っていないようだが、お腹についた食べかすが今の彼女の生活を物語っている。


巡見士ルティアになったんだって?すごいなー」


「それはもう頑張ったもの。この前プラたんに会ったよ」


「へー。元気だった?」


「うん、後でゆっくりお話するよ。ご両親に挨拶していい?」


「あいよー」




 生憎あいにくお父さんは仕事で留守との事だったが、紹介されたお母さんを見て驚いた。


「あの、お母さんですか?お姉さんではなくて?」


「あらーいい子ね。お菓子あげちゃう」


 ラミカと同じ紅茶色の髪と肉感的な身体は想像通りだったが、肌艶といい縦ロールの髪型といい、どの角度からどう見ても二十代半ばにしか見えない。


「いえ、早速さっそくラミカさんと出掛けますので」


「ほんとに行くのー?」


「ぜひ連れ出してあげて。この子ったら、放っておいたら家から一歩も出ないんだから」


「やだー!働きたくないでござる!働きたくないでござるー!」


 渋るラミカを引きずって部屋に押し込み、半ば無理やり豚の着ぐるみをぎ取る。そのまま退室せず着替えを見張ることにしたのは、先程ある事に気付いたからだ。


「ちょっとラミカ、これどうしたの」


「やーめーてー」


 やっぱり。私は下着からはみ出た大量の脂肪をつまみ上げた。




 かつて天才と呼ばれた魔術師は、怠惰な実家暮らしで見事に激太りしていた。

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