儀仗兵ロットの憂鬱(十)
暗く湿った通路の先、暗闇を四角く切り取ったような光。【
それにしても、とロット君の大きな背中を見上げる。まぎれもない
やはり彼の腕が鈍ったわけではないし、修練を
「何だよ?」
「あ、ううん、何でもない。強くなったね、ロット君」
「この前弱くなったって言ったばかりじゃねえか」
「言ってないよ」
「そうだったか?言ったようなもんだろ」
「言ってない。思ってないことは言わないもの」
何か言い返したげなロット君だったが、後ろで折れた棒切れを構えるエリューゼを見て口をつぐんだ。また余計なことを言ってお尻を突つかれてはたまらないとでも思ったのだろうか。
暗闇を抜けて四角い光の向こうに出ると、溢れる陽光に目が
体じゅう汚泥と悪臭と血にまみれたロット君は、華やかで
舞台は暗く湿った地下水路から、光差す壮麗な王宮の謁見の間に移る。
エルトリア国王ベルナート陛下の御前で濃緑色の
「ユイ、腕が立つのも勇敢なのも良いが、妖魔討伐は
「はい、申し訳ございません」
これは全くもって陛下の言う通りで、
だが私はこの一件を、大魔術師の卵を世に送り出すきっかけにしたかった。あの天才ラミカに匹敵する魔術の才を、泥とごみの山に
それからロット君。都会の魅力に心奪われ、道を見失ったように見えた彼が立ち直るきっかけになれば嬉しく思うけれど、あとは本人次第といったところだ。
「さて、エリューゼ」
「……はい」
「幼いながら優れた魔術の才を持つと聞いた。魔術学校で基礎から学んでみる気はないか?」
事前に話を通してあるので答えは決まっているのだが、それでも緊張した様子のエリューゼは言葉が出てこない。あの生意気な子がしおらしい、笑って軽く背中を押すとようやく視線を上げて声を押し出した。
「……えっと、はい」
「良かろう。ユイ、
「承知しました」
「ま、待ってください!」
用件が済んだので立ち上がり、
「どうした、申してみよ」
「す、すみません。陛下、俺を北部方面軍に行かせてください!」
「北部方面軍だと?」
北部方面軍。エルトリア王国の北側は万年雪の霊峰が連なり、妖魔や蛮族が
「はい。俺、甘ったれなんです。王都にいるといろんな楽しいことに
「ほう、
「約束したんです。ユイは
「良かろう。ロット、北部方面軍への転属を認める。
「はい!ありがとうございます!」
一段と声を張り上げるロット君を見上げて確信した。また彼は強くなる、きっと私が及びもつかないほどに。
水色の空に薄い雲、私が軍学校に向けて旅立った日と同じような朝。
この日エリューゼは私とともに『学園都市』ジュノンに向けて旅立つ、かつての私と同じように。ただ行先は軍学校ではなく、魔術を専門に学ぶ魔術学校。
「いい?エリューゼ。そろそろ行こうか」
「うん」
貧民街のはずれで手を振る子供達、そこにエリューゼの両親の姿はなかった。
国からの支度金十万ペルもどこかに消えてしまい、その手には何も持っていない。今日着ている旅服さえ私が買い与えたものだ。
まるで私と同じような
あとは自分の力で広い世界を思うままに駆ければ良い、もう彼女を縛るものは何もないのだから。
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