儀仗兵ロットの憂鬱(十)

 暗く湿った通路の先、暗闇を四角く切り取ったような光。【照明ライト】の魔術で行動に不自由は無かったとはいえ、光差す地上に戻れることは嬉しく思う。


 それにしても、とロット君の大きな背中を見上げる。まぎれもない業物わざものとはいえ女性用に作られた細月刀セレーネで、あの大木の幹のような蛇女ラミアの胴を一刀両断とは。

 やはり彼の腕が鈍ったわけではないし、修練をおこたっていたわけでもない。ただ目指す方向を見失って遠回りしていただけだ。


「何だよ?」


「あ、ううん、何でもない。強くなったね、ロット君」


「この前弱くなったって言ったばかりじゃねえか」


「言ってないよ」


「そうだったか?言ったようなもんだろ」


「言ってない。思ってないことは言わないもの」


 何か言い返したげなロット君だったが、後ろで折れた棒切れを構えるエリューゼを見て口をつぐんだ。また余計なことを言ってお尻を突つかれてはたまらないとでも思ったのだろうか。


 暗闇を抜けて四角い光の向こうに出ると、溢れる陽光に目がくらんだ。既に地下水路に巣食った妖魔の噂を聞きつけたか、幾人もの市民が出入口を取り囲んでいた。彼らは恐々こわごわといったていで私達を見ていたが、ロット君が麻袋から蛇女ラミアの首を取り出し頭上に掲げると一斉に歓声が上がった。


 体じゅう汚泥と悪臭と血にまみれたロット君は、華やかでうるわしい儀仗兵ぎじょうへいらしくはないけれど、こちらの彼の方が頼もしく誇らしく、魅力的に見えた。




 舞台は暗く湿った地下水路から、光差す壮麗な王宮の謁見の間に移る。


 エルトリア国王ベルナート陛下の御前で濃緑色の絨毯じゅうたんの上にひざまずく。国王直属の巡見士ルティアである私は何度もお声を掛けて頂いているが、エリューゼはもちろんロット君もじかにお声をたまわるのは初めてだそうだ。五十代になり白髪が増えてきた陛下はねぎらいの言葉に続いて、私に向けて苦笑いを浮かべた。


「ユイ、腕が立つのも勇敢なのも良いが、妖魔討伐は巡見士ルティア本来の仕事ではないぞ。無理をするなよ」


「はい、申し訳ございません」


 これは全くもって陛下の言う通りで、蛇女ラミアの痕跡を見つけ報告した時点で私の仕事は終わっていたのだ。その後作戦を立案するのも討伐隊を編成するのも軍の役目で、私にできる事といえば現地への案内くらい。


 だが私はこの一件を、大魔術師の卵を世に送り出すきっかけにしたかった。あの天才ラミカに匹敵する魔術の才を、泥とごみの山にうずもれさせたくなかったから。

 それからロット君。都会の魅力に心奪われ、道を見失ったように見えた彼が立ち直るきっかけになれば嬉しく思うけれど、あとは本人次第といったところだ。




「さて、エリューゼ」


「……はい」


「幼いながら優れた魔術の才を持つと聞いた。魔術学校で基礎から学んでみる気はないか?」


 事前に話を通してあるので答えは決まっているのだが、それでも緊張した様子のエリューゼは言葉が出てこない。あの生意気な子がしおらしい、笑って軽く背中を押すとようやく視線を上げて声を押し出した。


「……えっと、はい」


「良かろう。ユイ、手筈てはずを整えてやれ」


「承知しました」




「ま、待ってください!」


 用件が済んだので立ち上がり、きびすを返して退出しようとしたのだが、急にロット君が大きな声を出したので驚き足を止めた。突然でもあり、かなりの声量だったので、護衛の近衛兵が思わず身構えたほどだ。


「どうした、申してみよ」


「す、すみません。陛下、俺を北部方面軍に行かせてください!」


「北部方面軍だと?」


 北部方面軍。エルトリア王国の北側は万年雪の霊峰が連なり、妖魔や蛮族が蔓延はびこる魔境ゆえ国境が定められていない。北部方面軍はそれらの脅威から民を守るために編制された部隊で、武術のみならず生存術にも優れた精鋭揃いと名高い。軍律厳しく訓練は過酷、若く武力体力に優れていても脱落する者が少なくないという。


「はい。俺、甘ったれなんです。王都にいるといろんな楽しいことにおぼれちまって、こいつにも負けて、妖魔に誘惑されて、ガキにひっぱたかれて。こんなんじゃ剣の達人エスペルトになんかなれないって思って……」


「ほう、剣の達人エスペルトにな?」


「約束したんです。ユイは巡見士ルティアになる、俺は剣の達人エスペルトになるって。なのに俺だけ情けないままで悔しくて……」


「良かろう。ロット、北部方面軍への転属を認める。剣の達人エスペルトの夢、見事かなえてみせよ」


「はい!ありがとうございます!」


 一段と声を張り上げるロット君を見上げて確信した。また彼は強くなる、きっと私が及びもつかないほどに。




 水色の空に薄い雲、私が軍学校に向けて旅立った日と同じような朝。


 この日エリューゼは私とともに『学園都市』ジュノンに向けて旅立つ、かつての私と同じように。ただ行先は軍学校ではなく、魔術を専門に学ぶ魔術学校。


「いい?エリューゼ。そろそろ行こうか」


「うん」


 貧民街のはずれで手を振る子供達、そこにエリューゼの両親の姿はなかった。

 国からの支度金十万ペルもどこかに消えてしまい、その手には何も持っていない。今日着ている旅服さえ私が買い与えたものだ。


 まるで私と同じようない立ち、でも既に道は開かれた。

 あとは自分の力で広い世界を思うままに駆ければ良い、もう彼女を縛るものは何もないのだから。

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