魔人族の小さな幸せ(一)
大きな夕陽が山々の陰に隠れようとしている。農具を担いだ村人が家路につく。実家のあるカラヤ村ではまだ雪が残っている頃だというのに、このナナイ村は
だが私がここを訪れた理由は、
『村人の中に
私が選ばれた理由は過去に
「
「エルトリア王国
手を握らんばかりに、いや
「村人に
私は相手の調子に流されることを避けて、出されたばかりの紅茶を口に含んだ。
産地などの知識は無いけれど、おそらく上等な品だ。この村長の家も広々として各所に鹿や熊の
ナナイ村はエルトリア王国北西部、隣接する森に多くの動物が棲みついており、狩猟と牧畜で栄えているという。だがその森は魔の領域とされる『大樹海』に
「まず申し上げておくべき事がございます。
「怪我人も出ているのですぞ!森に入った狩人が襲われてようやく逃げ帰ったのです!」
「
「いや、
「であれば妖魔によるものであって、
「同じです!
「まずは事実確認をさせてください。皆さんの不安は理解しましたが、憶測を基に国民を罰する事はできません」
敢えて冷たい態度で突き放したが、村人の不安が理解できない訳ではない。
エルトリア王国において
また、
「まずは頻繁に現れるという妖魔の種族や数を調べます。その上で必要であれば、国軍か近隣の領主に支援を求めようと考えております」
噂を真実と決めつけて事を
玄関の扉を開けた瞬間に十人ばかりの村人に囲まれ、驚いた私は思わず剣の柄に手を掛けてしまった。害意は無いようだが囲まれる理由に心当たりも無い、ただ困惑する私の後ろで村長が両手を広げる気配がした。
「皆の衆、王都から腕利きと噂の
「良かった、これで
「
「……最善は尽くしますが、過度な期待はされませぬよう」
私は誰とも視線を合わせず、人垣の中央を割って立ち去った。失礼な態度かもしれないが、これでも感情を表に出さぬよう懸命に努力してのことだ。
村に一軒だけの宿に部屋をとり、夕食を摂る段になっても私の腹の虫は治まらなかった。
あまりにも簡単に噂を信じ込みすぎる、どうして全て
もう安心だ?早く倒せ?仮に妖魔が現れる原因が
全く勝手なことばかり言ってくれる。もしラミカがいれば、「おーおー、ユイちゃん機嫌悪ーい。人相悪ーい」とでも言って気を紛らわせてくれたかもしれないけれど……
「あ……」
すっかり頭に血を上らせていた私だったが、無造作に
十五歳になったあの日、虐待を繰り返す両親から逃げ、
「これ、
赤子を抱いた若い女性が控え目に
「美味しいです、とっても。懐かしい味がします」
「本当ですか?良かった……」
私と同じくらいの小柄な体、緩やかに波打つ明るい茶色の髪、穏やかな微笑。体からも表情からも柔らかな印象を
一人になった私はようやく周りを見渡した。小さいが明るくて清潔な宿、素朴だが趣味の良い木製の食器。胸の奥まで温かくなるような食事を終えた頃、食器を下げるためにご主人が現れた。こちらも控え目で穏やかそうな青年だ。
「王都から参られた
「あ、はい。すみません、ちょっと考え事をしていて。大変失礼しました」
ご主人はフェルケさん、先程の女性は妻のエレナさん。抱いていた子供はアピオちゃんという名前だと教えて頂いた。
「アピオちゃん?変わったお名前ですね。意味を教えて頂けますか?」
「古い言葉で『結ぶ』という意味だそうです。妻がどうしてもと」
「そう……ですか。素敵なお名前ですね」
私の名前も、前の世界において同じ意味に取れる。一体誰が名付けてくれたのだろう、もし生みの親だとすれば、後の行いはともかくそれだけは感謝したい。
この日私が温かな気持ちで眠りにつくことができたのは、温暖な気候よりも柔らかなベッドよりも、このご夫婦のおかげに違いなかった。
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