魔人族の小さな幸せ(二)

 うららかという言葉がぴったりの陽射しの下、村はずれの草原に向けて歩を進める。


 ナナイ村の規模は百戸ほどだろう。店先に並ぶ品々からも狩猟を生業なりわいとしている人が多いとわかる、王都で確認した資料の通りだ。




 擦れ違う村人がことごとく振り返る。私が見慣れぬ余所者よそものであることに加えて、長閑のどかな村に似つかわしくない濃緑色の士官服を着ているからだろう。


 どうやら村長も村人も勘違いしているようだが、今回の私の任務は『村人の中にまぎれた魔人族ウェネフィクスを探し出すこと』ではない。あくまでも『ナナイ村周辺の妖魔が活発化した理由の調査およびその対処』だ。

 その一環として自警団の教練があり、わざわざ目立つ士官服を着ているのもそのためだ。小柄な若い女性という見た目の私の指示に従ってもらうには、剣術の実力と知識を示すことに加えて、地位と制服の力を借りるしかない。


「こちらは王都から来てくださった、巡見士ルティアのユイさんだ。皆、失礼のないように」


「ユイです。本日より皆さんの教官を務めさせて頂きます」


 自警団長からの紹介を受けてエルトリア軍の敬礼をしつつ胸を張ったものだが、威厳に欠けることはなはだしい。自警団員の中には大柄で屈強な男性もいて、こんな小娘が何をしに来たと言わんばかりに見下ろしているくらいだ。




 そしてやはり、不安は現実のものになってしまった。素振りを指示すれば力を抜き、数をごまかし、藁束わらたばへの打ち込みを指示すれば手を止めて私語を交わす。


「どうしました?まだ予定の半分ほどですよ」


「いやあ、ちょっと疲れちまいまして。俺に構わず進めてください」


「……」


 白々しい半笑いを浮かべて頭を掻く若者。この人は汗ひとつかいていない、素振りも十数回しかしていない。辛い訓練は御免ごめんと言わんばかりだ。


「ザリードさん、打ち終わったら素早く剣を引いてください。反撃や複数の敵に対応できません」


「……ふん」


 ザリードさんは猟師らしく筋骨隆々としてたくましいのだが、人の話を聞こうとしない。腕力に自信があるのはわかるが技術は未熟そのもので、このままでは兵士として役に立たない。


「妖魔が頻繁に現れて怪我人も出ていると聞きました。村を守るには皆さんの力が必要です」


「ふん、小娘が偉そうに」


「では仕事がありますので、私はこれで……」


 指示を聞かない者、座り込んだまま動かない者、途中で帰ってしまう者、勝手に談笑する者。二十名余りの自警団員の中でまともに機能しそうな者は一人もいなかった。


 自警団というものがお金を生み出す組織ではない以上、みな他に仕事を持っていて生活のかてを得なければならない、それは承知している。だが、あまりにも当事者意識が低くはないか。今この村が危険にさらされているというのに。魔人族ウェネフィクスや妖魔が恐ろしいと言っていたのは彼らだというのに。




『王都から腕利きと噂の巡見士ルティア様が来てくださったぞ。もう安心だ!』


巡見士ルティア様、早く魔人族ウェネフィクスを倒してください!』




 昨日の村人たちの言葉を思い出す。誰かがやってくれる、早くしてくれ、でも自分が辛いのは嫌だという思いが透けて見える。

 あまりにも甘えた考えではないだろうか。草原に集まった自警団員は一人減り、二人減り、せっかくの訓練はろくに身が入らないまま終わってしまった。




 ……いや、そうとは限らない。私は先程から目を付けていた、態度の悪い若者三人に声を掛けた。


「ねえ君達、ちょっと時間ある?」


 年齢は十八歳になったばかりの私と同じくらいか、もしかすると少し下か。最も背の高い子が振り返り他の二人が様子を見ているところから、この三人の関係性を見て取った。手にした二本の木剣のうち一本を放り投げる。


「そろそろ始めようか。訓練つまらなかったでしょ?」


「……」


 背の高い子がそれを受け取り、いぶかしげにこちらを眺める。値踏みしていると言っても良い視線、だがそれこそ私が求めていたものだ。


 この子達は訓練の間じゅう舌打ちしたり地面を蹴ったりしていた、だが私の指示にはきっちりと従っていた。彼らの態度の悪さはおそらく私に向けられたものではなく、他の自警団員に対してのものだろう。ならば彼らが望むものを私が持っていると示せば良い。


「……女だからって手加減しねえぞ」


「私も、きみが男だからって手加減しないよ?」


 逆立てた長髪、訓練に不向きな革のズボン、よくわからない異国の言葉が殴り書きされたシャツ。ひょろりと細い長身はカラヤ村にいた頃のロット君のようだ。一礼すると一拍遅れて礼を返す実直さも、軽く剣先を揺らして誘うとまっすぐに打ち込んでくる素直さも、少しロット君に似ているかもしれない。




 ただ一合。打ち下ろされた木剣を叩き落とし、擦れ違いざまに刀身で脇腹を撫でる。


 何が起こったかわからないという様子の三人の目の前で、草の上に落ちた木剣が生き物のように跳ねて私の左手に収まった。

 事前に掛けてあった【剣の舞セイバーダンス】の魔術。三人の表情が驚きから興奮に変わるのが見て取れた。


「私はユイ。きみの名前は?」


「……ラムザ」


「ラムザ君、強くなりたい?力が欲しい?つまらない大人の言いなりになりたくない?なら明日もおいで、君達ならきっと強くなれるよ」




 翌朝、同じ時間、同じ場所。


 木剣を打ち交わす乾いた音が草原に響く。体捌たいさばきも、足の運びも、太刀筋たちすじも、何もかもが雑で適当で力任せ、滅茶苦茶だ。


 でも、と私は微笑んだ。その目に曇りは無い、悔しさのあまりロット君が地面に剣を叩きつけていた時と同じ目だ。夢中で木剣を振るっていた若者三人は、私の影が差すまで気配に気付かなかったようだ。




「遅えよ先生。俺らを強くしてくれるんだろ?」


「ふふ、お待たせ。じゃあ始めようか」

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