魔人族の小さな幸せ(三)

 ナナイ村に来て三日が過ぎたが、村人に紛れているという魔人族ウェネフィクスの調査は一向に進んでいない。それもそのはず、私は誰が魔人族ウェネフィクスかなど全く調べていないのだから。




 村長や村人に何度も言ったように、魔人族ウェネフィクスは他の亜人種と同様の扱いであり、種族を理由に捕縛することはできない。私が過去に彼らをたおしたのは、村を襲う下級妖魔の黒幕であったり、異界の生物を召喚して魂をもてあそぶ魔術師であったからだ。


 一方、村周辺の妖魔の動きは明らかに異常だ。狩人に同行して村に隣接する森の様子を探ったところ、小鬼ゴブリン豚鬼オーク羽魔インプ、あらゆる下級妖魔の痕跡を見つけることができた。


 村の周辺で妖魔らしき気配を感じたことも一度や二度ではなかった、これでは確かに村人が不安になるのも無理はない。すぐにでも近隣の領主に連絡して支援を求めなければ……


 そう考えて宿屋の個室で領主宛ての手紙をしたためていた私のところに、村長からの使いと名乗る中年女性がやって来た。何の御用かと聞いてもまるで要領を得ず、とにかく急いで村長の家に来てほしいと告げるのみで、了解した旨を告げるとさっさと帰ってしまった。


 村長に負けず劣らずせっかちな人だ。落ち着きの無さは伝染するのだろうかと、愚にもつかぬ事を考えながら外套を羽織る。この日は午後になって急に冷え込み、吐く息が白くなるほどだったから。




巡見士ルティア殿!魔人族ウェネフィクスは見つかりましたか!?」


 村長のグラさんは前にも増して早口で、調査の進捗しんちょくを尋ねてきた。応接室ではなく玄関で待っているなど気ぜわしいにも程がある。


「何度も申し上げますが、魔人族ウェネフィクスだからという理由で罰することはできません。認識をお改めください」


「しかし!皆が不安に思っております。魔人族ウェネフィクスが手引きして妖魔が村を襲うようなことになれば一大事ですぞ!」


 会話が噛み合っていない、こちらの話を聞いていないのだから当然だ。


「村周辺の妖魔の存在は確認しました。取り急ぎ隣接する領主に書面で支援を求めますので、それまでお待ちください」


「そんな悠長ゆうちょうな!」


 悠長ゆうちょうとは耳が痛いが、私がこの村に着いたのは一昨日の夕方。昨日一日と今日の午前を妖魔の調査についやし、今まさに領主宛ての手紙を書いていたところだ。それをさまたげておいて事をかされたのではさすがに腹も立つ。文句の一つも言おうと口を開きかけたものだが、それさえも機先を制されてしまった。


「では、村人全員の指に針を刺して血の色を確かめるというのはどうですか?これは名案かもしれませんぞ、すぐにでも村人全員を集めて……」


「おやめください。村人の間に亀裂を生むおつもりですか」


 私は声と手で村長を押しとどめた。何が名案か、それならば私の到着を待つまでもなく自分でやれば良かったはずだ。それになぜ今このような提案をするのか?今ならば私に責任を押し付け、魔人族ウェネフィクスと戦ってもらえるからだろう。




 そもそも私は魔術師だ。魔人族ウェネフィクスを探し出すだけなら【嘘つきライアー】の魔術を使えば良い。それをしないのは、この村の本当の危険因子は魔人族ウェネフィクスではなく、頻繁に様子をうかがっているという下級妖魔、それから危機意識と信頼関係の無い村人達だと考えているからだ。


 彼らが『全て誰かが悪い』『誰かが何とかしてくれる』という意識を捨てなければ、この村に本当の平穏は訪れない。だがそれには大きなきっかけと人々の協力、それから長い時間を必要とするだろう……

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