魔人族の小さな幸せ(四)
どうにも居心地の悪いこのナナイ村にあって、宿屋を
「馴れ
フェルケさんは変わらず穏やかな表情と口調で、エレナさんは赤子を胸に抱えたまま控え目に語ってくれた。
あてのない旅の途中でこの村を訪れたエレナさんは、フェルケさんの実直さに惹かれ、フェルケさんはエレナさんが作る料理の美味しさに驚いたという。ほどなく結ばれた二人はお金を貯めて念願の宿屋を開き、今年に入って待望の子供が生まれた。こうした偶然の縁を大切に思い、古い言葉で『結ぶ』を意味する『アピオ』と名付けた……
「素敵なお名前です。私の名前も、異国の言葉で『結ぶ』という意味があります」
「そうなのですね?ご両親の愛情を感じます」
「ええ……」
私は
「あ、食材が届いたようです。少し失礼します」
席を外したエレナさんは、アピオちゃんを抱えたまま勝手口に向かった。そこで商人風の若い男性としばらく話している姿を目の端で追った私は、微かな違和感を覚えた。
エレナさんの表情が硬い気がする、何度もこちらを
それからもう一つ。彼女があてのない旅をしていたという話だったが、エレナさんは小柄で控え目で
とはいえ今回の私の任務に関係があるとは思えない。何にせよ立ち入るべきではないだろう……
だが翌日、事態は急転する。
午前の早い時間。ラムザ君達の特訓を終えて戻った私が見たのは、宿屋を囲んで騒ぎ立てる人達だった。野次馬をかき分けて中に入ると、数名の自警団員にフェルケさんとエレナさんが取り囲まれていた。
「我々は協力をお願いしているんですよ、フェルケさん」
「お、お断りします。それが人にお願いする態度ですか」
「たかが指に針を刺すだけだろうが。それともお前が
おそらく村長の指図だろうが、いくら何でもこれほど愚かな選択をするとは思わなかった。彼らは私の警告にも耳を貸さず、村人の血の色を片端から調べて回っているのだ。
「やめなさい!何度も言っているでしょう、
「……どけ」
二回りも三回りも大きなザリードさんに押しのけられて、私は派手にテーブルと椅子にぶつかってしまった。剣術か魔術が使えればいくらでも対抗しようはあるのだが、無闇にそれらを使うわけにはいかない。
『力を持つ者は、それを使うときはよく考えなければならない。魔術でも、武術でも、権力でも。君なら正しく力を使えると思う』尊敬するフェリオさんがそう言ってくれたから。
ザリードさんがフェルケさんの腕を
「やめろ!やめてくれ!」
大男はフェルケさんの
「……」
力任せに大男を突き飛ばしたエレナさんは、一言も発することなくその場に立ち尽くしていた。
私と同じくらいの小柄な体躯、細い手足、
「
「エレナだ!エレナが
一散に逃げ出す自警団の面々、訳も分からず逃げ散る野次馬。荒らされた宿に残ったのは私の他に
「大丈夫、大丈夫だよ。君は何も悪くない、僕が一緒にいるからね」
恐るべき怪力を示したはずのエレナさんが子供を抱きかかえたまま
私は二人の絆を尊く感じると同時に、人の愚かさを改めて突きつけられる思いだった。
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