魔人族の小さな幸せ(四)

 どうにも居心地の悪いこのナナイ村にあって、宿屋をいとなむフェルケさんとエレナさんの温かさ素朴さが私のり所になっていた。この日も早い夕食のついでに麦酒エールなど頂きながら、お二人の馴れめを聞いたものだ。




「馴れめと言えるほどのものではないのですが……」


 フェルケさんは変わらず穏やかな表情と口調で、エレナさんは赤子を胸に抱えたまま控え目に語ってくれた。

 あてのない旅の途中でこの村を訪れたエレナさんは、フェルケさんの実直さに惹かれ、フェルケさんはエレナさんが作る料理の美味しさに驚いたという。ほどなく結ばれた二人はお金を貯めて念願の宿屋を開き、今年に入って待望の子供が生まれた。こうした偶然の縁を大切に思い、古い言葉で『結ぶ』を意味する『アピオ』と名付けた……


「素敵なお名前です。私の名前も、異国の言葉で『結ぶ』という意味があります」


「そうなのですね?ご両親の愛情を感じます」


「ええ……」


 私は曖昧あいまいに頷いた。私を引き取ってくれた今の両親はともかく、たびたび生命の危機を感じるほどの虐待を繰り返した前の両親はどうだったろう。私が生まれたばかりの頃は愛情を注いでくれていたのだろうか、それとも……


「あ、食材が届いたようです。少し失礼します」


 席を外したエレナさんは、アピオちゃんを抱えたまま勝手口に向かった。そこで商人風の若い男性としばらく話している姿を目の端で追った私は、微かな違和感を覚えた。


 エレナさんの表情が硬い気がする、何度もこちらをうかがうような様子を見せている。


 それからもう一つ。彼女があてのない旅をしていたという話だったが、エレナさんは小柄で控え目ではかなげで、とても一人で長旅をするようには見えない。治安の良いエルトリア王国とはいえ若い女性が一人旅をするなど、私のような特殊な事情がなければ極めてまれなことだ。


 とはいえ今回の私の任務に関係があるとは思えない。何にせよ立ち入るべきではないだろう……




 だが翌日、事態は急転する。


 午前の早い時間。ラムザ君達の特訓を終えて戻った私が見たのは、宿屋を囲んで騒ぎ立てる人達だった。野次馬をかき分けて中に入ると、数名の自警団員にフェルケさんとエレナさんが取り囲まれていた。


「我々は協力をお願いしているんですよ、フェルケさん」


「お、お断りします。それが人にお願いする態度ですか」


「たかが指に針を刺すだけだろうが。それともお前が魔人族ウェネフィクスなのか?」




 おそらく村長の指図だろうが、いくら何でもこれほど愚かな選択をするとは思わなかった。彼らは私の警告にも耳を貸さず、村人の血の色を片端から調べて回っているのだ。


「やめなさい!何度も言っているでしょう、魔人族ウェネフィクスだというだけで罪にはならないと!」


「……どけ」


 二回りも三回りも大きなザリードさんに押しのけられて、私は派手にテーブルと椅子にぶつかってしまった。剣術か魔術が使えればいくらでも対抗しようはあるのだが、無闇にそれらを使うわけにはいかない。

『力を持つ者は、それを使うときはよく考えなければならない。魔術でも、武術でも、権力でも。君なら正しく力を使えると思う』尊敬するフェリオさんがそう言ってくれたから。


 ザリードさんがフェルケさんの腕をねじり上げ、もう一人の自警団員が手の甲に針を刺す。小さく膨れた血の色が赤いことを確認すると、つまらなそうに突き飛ばした。


「やめろ!やめてくれ!」


 大男はフェルケさんの懇願こんがんにも構わずエレナさんの細い腕を掴み、同じように針を刺し……その巨体が入口の扉をぶち破って外まで吹き飛んだ。




「……」


 力任せに大男を突き飛ばしたエレナさんは、一言も発することなくその場に立ち尽くしていた。


 私と同じくらいの小柄な体躯、細い手足、はかなげな体つき。だが人並み外れた身体能力、腕から一筋流れる青い血液、そのいずれもが彼女の正体を示している。


魔人族ウェネフィクスだ!」


「エレナだ!エレナが魔人族ウェネフィクスだったんだ!」


 一散に逃げ出す自警団の面々、訳も分からず逃げ散る野次馬。荒らされた宿に残ったのは私の他に人族ヒューメルの男性が一人、魔人族ウェネフィクスの女性が一人、そしてその子供が一人だけ。




「大丈夫、大丈夫だよ。君は何も悪くない、僕が一緒にいるからね」


 恐るべき怪力を示したはずのエレナさんが子供を抱きかかえたままおびえたように震え、人並み以下の力しかないフェルケさんがそれをなだめる。


 私は二人の絆を尊く感じると同時に、人の愚かさを改めて突きつけられる思いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る