第三次カラヤ村防衛戦(三)

「よく来てくれた、巡見士ルティア殿」

「ご無沙汰しております、自警団長」


 しばらく笑いをこらえていたけれど、つい耐えられなくなって噴き出してしまった。隣で小さくなっているルカちゃんが不思議そうな顔でこちらを見ている。


 このカラヤ村自警団長カイルさんは、今では私の父親だ。白々しいにも程がある。


「例年の小鬼ゴブリン討伐だが、すっかり奴らの数が少なくなってね。今年は多くても数匹だと思うが、油断しないでくれ」

「承知しました。ギルドより魔術師ルカ殿をお連れしております、私達にお任せください」

「こちらも護衛を用意した。頭は悪いが腕は立つ、使ってやってくれ」

「それも承知しております」


 団長の隣に座っていた長身の若者が立ち上がり、私の手を握った。

 こちらも白々しい。既にエルトリア軍に籍を置くこの人は、血が繋がらないとはいえ今では私の兄だ。今回は護衛のためにわざわざ休暇を取ってもらった。


「だから、バカ扱いはやめてくれよ」

「よろしくね、ロット君」




 目的地はカラヤ村付近、西の洞窟。数年前までは多数の小鬼ゴブリンが棲みついていた場所だが、二度の討伐を経てその数は激減したそうだ。ただ今年に入って猟師が巣の近くでその姿を見かけたことから、また小規模な集団が棲みついたと思われる。


「へえ、ルカちゃんは魔術師なのか。小さいのにすげえな」

「いえ……」

「でも私達と同い年だよ。十七歳」

「そうなのか!?小さいし痩せてるし、村に来た頃のお前みたいだな」

「そうだね。私も似てると思う」


 反応が薄いにも関わらず、ロット君はルカちゃんによく話しかけてくれている。事前に言い含めてあるとはいえ、誰とでも自然に話すことができるのは彼の美徳だと思う。


「あの、お二人はお知り合いなんですか?」

「兄妹なんだ。全然似てないけど」

「そうだよ。出来は全然違うけどな」


 初めてルカちゃんが話しかけてくれたのが嬉しくて、言葉が終わらないうちに答えてしまった私達を見て控え目に笑う。これも初めてのことだ。


「私ね、ルカちゃんと会った次の日にこの村に来たの。ここでカイルさんやロット君と出会って、引き取ってもらったんだ。だからあの時とは姓が違うの」

「そう……なんですか?」

「うん。色々あったけど、今はこれで良かったって思うよ」

「……」




 ちょうど会話が途切れた頃、人気ひとけのない村はずれから山道を見上げた。


「さあ、おしゃべりは終わりだ。山に入るぞ」

「私とロット君で前後を固めるね。【風の守護ウィンドプロテクション】は使える?」

「はい」


風の守護ウィンドプロテクション】は、常に風の精霊をまとうことで矢や投石などの飛来物から身を守る魔術。

 風系統の基礎となるこの魔術を正しく発現させたルカちゃんは、上目遣いにこちらを見た。これまで彼女が置かれていた状況を思えば当然だ、簡単に人を信用する気にはなれないのだろう。




 何でもない会話、警戒する必要がない相手、人として扱われること。他の人が当たり前に持っているようなもの、私がこの二年間で皆にもらったものを、少しでもこの子に分けてあげたいと思う。

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