第三次カラヤ村防衛戦(四)

「天に瞬く光の精霊、来たりて闇を照らせ。【照明ライト】」


 私が自分とロット君の剣の鞘に、ルカちゃんが自分の杖に光を宿らせる。単に『西の洞窟』と呼ばれる鍾乳洞しょうにゅうどうが青白く照らし出された。




 既に洞窟の入口には四匹の小鬼ゴブリンの亡骸が転がっている。軍学校での修練を終えた私とロット君の力は、二年前とは比べるべくもない。下級妖魔が数匹では姿勢を崩すにも至らない。


「もういないな。今年はこんなものか?」

「一応気を付けてね。また魔人族ウェネフィクスがいるかもしれないし」

魔人族ウェネフィクス……?」

「そう。昨年、この奥にいたんだ」


 あらゆる能力において私達人族ヒューメルよりも数段優れるという魔人族ウェネフィクスを倒せたのは、油断につけこんだ奇策がはまったからだ。当時の私達がまともに戦って勝てる相手ではなかった。


 入ってすぐの広い空間に生活の痕がある。半ば腐りかけた果物、焚火の燃え残り、穀物が入った袋や箱は村から盗んだものだろうか。粗末ながらここで生活を営んでいたと考えると罪悪感も覚えるが、村が襲われた時の死闘を思えば同情もできない。




 一つだけ伸びた通路の奥。上下から突き出た乳白色の柱、はるか下の地底湖に架けられた人工の橋。二年前に魔人族ウェネフィクスと死闘を演じた場所だ、そこから……


「ねえ、何か聞こえない?」

「いや……?」

「聞こえる、ような、気がします……」


 私達が動きを止めると、確かに物音が聞こえてくる。水滴が落ちる音、微かに水が流れる音に混じって、ぴちゃぴちゃと湿った音、ごりごりと何かを削るような音……


「下から、かな……」

「はい……」

「じゃあ行くよ……天に瞬く光の精霊、来たりて闇を照らせ。【照明ライト】」


 私は拾い上げた小石に【照明ライト】の光を宿らせ、軽く放り投げた。地底湖のほとりに落下したそれが青白い光で照らし出したものは……




 何者かの亡骸なきがらを喰らう異形の姿だった。黄とも赤ともつかぬ双眸そうぼうがこちらを見上げ、歯を剥き出す。


「うわああああ!!!」

「ひいいいい!!!」

「……っ!!!」


 三者三様の悲鳴を上げて、私達は通路を転げ出た。否、転げ出ようとした私達を何かが阻んだ。通路を塞ぐ淡い半透明の壁。


「【物理障壁フィジカルバリア】!?あいつが出したの!?」

「どいてろ!俺がやる!」


 だが。ロット君が怪力を乗せた斬撃をまともに受けても、障壁は僅かに亀裂が入っただけ。


 基本的に【障壁バリア】の強度は術者の魔力に比例し、出現させる場所との距離に反比例する。私ではとてもこれほど遠くに、これほどの強度で【障壁バリア】を出現させることはできない。この相手は私をはるかに上回る魔力を有しているという事だ。




 その障壁を作り出したであろう術者は、黒衣をまとった姿を虚空に浮かび上がらせた。


 私達をあざけるように口元を歪めた、その乱杭歯らんくいばから肉片が覗いている。

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