第三次カラヤ村防衛戦(五)

「【浮遊レビテート】に【物理障壁フィジカルバリア】、それもこの強度……」


 黒衣の術者は見たところ小鬼ゴブリンにしか見えないが、その魔力は学年主席アシュリーに匹敵するかもしれない。


 私よりも数段上の恐るべき力。だが格上の魔術師、塞がれた逃げ道、追い詰められた状況に、かえって肝が据わった。先程は異形が死肉を喰らう光景に驚いたが、ここはそれらが巣食う世界だ。もうやるしかない。




 青白い【照明ライト】の魔術に照らし出された鍾乳洞。かつて魔人族ウェネフィクスと戦った地底湖に架かる橋の上、虚空に浮かぶ術者の右手には抜き身の長剣。


 その長剣は昨年ここで倒した魔人族ウェネフィクスのものに違いない、ならばこの小鬼ゴブリンが喰らっていたのはその死体だろう。水温の低い地底湖ゆえに腐敗しなかったのか。

 しかし小鬼ゴブリンは死肉を生で喰らうような種族だったろうか?それに小鬼ゴブリンの魔術師にしては異常なほどの魔力は、あの死体に起因するものだろうか?


「おい、考える時間は終わったみたいだぜ」


 私を制して進み出たロット君の言葉に、愛用の細月刀セレーネを握り直した。


「―――、―――、―――」


 ゆっくりと橋の上に舞い降りた小鬼ゴブリン魔術師が、彼らの言葉で詠唱を始めた。

 長剣の刀身に光の精霊が集まる。刀身自体を魔術の媒体として使っているのだろう。


「二人とも私の後ろに!我が内なる生命の精霊、来たりて不可視の盾となれ!【魔術障壁マジックバリア】!」


 小鬼ゴブリン魔術師が長剣を頭上にかざすと【光の矢ライトアロー】が同時に三本出現し、次々に撃ち出される。


 一本目で私の【魔術障壁マジックバリア】に大きく亀裂が入り、二本目で全体に広がり、三本目で砕け散った。衝撃の余波で左腕に裂傷を負ったようだが、たいした傷ではない。


 本当にアシュリー並みの魔力と練度であれば私の胴体に風穴が空いていたところだが、さすがにそこまでの力は無いようだ。とはいえ格上の魔術師であることは疑いようがない。


「ルカちゃん、これ使って」

「これは……?」

「後で渡そうと思ってたけど、今必要になったから」


 ポケットに入れていた小さな箱から指輪を取り出し、手渡した。

 意匠は少し違うものの、材質、加工技術など、私が左手小指に嵌めているものとほぼ同じ。この真銀ミスリルの指輪を媒体に使えば、未熟な魔術師でもその魔力は跳ね上がる。


「ロット君、合図したら飛び出して。ルカちゃん、【障壁バリア】は使えるね?」

「はい。でも……」

「大丈夫、自分を信じて。私がついてる」




 長すぎる剣を掲げ、再び小鬼ゴブリン魔術師が詠唱を始めた。周囲の小石や岩の欠片が浮かび上がる。


「ルカちゃん、【石礫ストーンブラスト】が来るよ!」

「わ、我が内なる生命の精霊、来たりて不可視の盾となれ……【物理障壁フィジカルバリア】!」


 続けざまに響く衝撃音。半透明の障壁に石礫いしつぶてが降り注ぎ、次第に亀裂が広がっていく。

 だがこれでいい。以前のルカちゃんなら瞬時に破られていたであろう【物理障壁フィジカルバリア】が、反撃の準備に十分な時間を稼いでくれた。


 これはきっと指輪の力だけではない。時が止まっているように見えた彼女も、少しずつ成長していたのだ。


「だ、駄目です、もう……」

「ううん、もう大丈夫。三つ数えたら出るよ、ロット君」

「おう!」


 ルカちゃんが稼いでくれた十数秒の間に、私は密かに魔術を一つ発現させていた。


「行くよ。一、二、三!」

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