第三次カラヤ村防衛戦(六)

 ロット君が【物理障壁フィジカルバリア】の陰から飛び出した。石礫いしつぶてが集中し、かざした盾を打ち鳴らす。小ぶりの盾では全身をかばい切れず肩や足の皮膚が裂けるも、長身を揺らして猛然と距離を詰める。


「おらああっ!」


 渾身の体当たりは、しかし小鬼ゴブリン魔術師が作り出した【物理障壁フィジカルバリア】に阻まれた。


 でも彼の役目はここまで。背後に隠れていた私がロット君の背を借りて跳躍し、障壁を飛び越えて頭上から打ち下ろす。

 静かな洞窟に響く金属音。振り下ろした刃は妖魔の頭に届く寸前、新たに作られた【物理障壁フィジカルバリア】に弾かれた。


「あっ……!」


 思わぬ衝撃に剣を取り落としてしまった。親友に貰った細月刀セレーネは地面に一度跳ねると、はるか下の地底湖に吸い込まれていった。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 続くルカちゃんの魔術も【魔術障壁マジックバリア】に弾かれる。


「そんな……」


 淡く光る【障壁バリア】の向こうで勝ち誇った小鬼ゴブリン魔術師が、肉片が挟まった歯を剥きだしにやりと笑う。

 どの魔術でとどめを刺してやろうかと勝ち誇り、頭上にかざした長刀に魔力を集中させ……そして急速に抜けていった。その胸から血に濡れた刃先が飛び出している。




 左手の人差し指を小さく回転させる。呼応した刃がくるりと回り、小鬼ゴブリン魔術師の胸から鮮血が吹き出した。


 ルカちゃんが稼いでくれた十数秒の間に私が詠唱していたのは、【剣の舞セイバーダンス】の魔術。剣を取り落としたのも失敗に見せかけた演技。いくら魔力に優れた個体でも、知能は並みの小鬼ゴブリンと変わらなかったようだ。


 黒衣に包まれた身体が傾き、橋から転がり落ちる。数舜の後、激しい水音が上がった。


 左手の指で弧を描くと、愛用の細月刀セレーネが右手に戻ってきた。

 刀身を丁寧に布で拭って鞘に納める。手荒な扱いをしてごめん、と贈り主に心の中で謝りながら。


「ルカちゃん、怪我はない?」

「はい……ありがとうございます」

「ごめんね、ロット君。酷い扱いしちゃって」

「盾にするか踏み台にするか、せめてどっちかにしてくれよ」




 この日夕刻。カラヤ村自警団は魔人族ウェネフィクス小鬼ゴブリン魔術師の死体を回収し、油をかけて焼き尽くした上で土葬した。


 この場にカミーユ君がいないのが惜しい。彼ならば魔人族ウェネフィクスについて豊富な知識を披露してくれたに違いないのだが、ロット君によると新人訓練の疲労と筋肉痛で動けないそうだ。


 だから学生時代に少しでも鍛えておけば良かったのに。さんざんロット君の首から上を馬鹿にしていた彼だが、カミーユ君の首から下も凡人以下のようだ。

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