第三次カラヤ村防衛戦(七)

「カラヤ村の小鬼ゴブリン討伐依頼、完了しました」

「ルカ様ですね、こちら報酬の五万ペルです。お疲れ様でした」


 ルカちゃんが冒険者ギルドの受付から布袋を受け取った。一人だけなら百日程度は暮らせる金額だ。

 田舎村の小鬼ゴブリン討伐には過ぎた金額かもしれないが、昨年までは五十名規模の正規軍が派遣されていたのだ。それと比べれば桁が二つは違うだろう。


 そして依頼者の私も受付に用事がある。正確には事務員のレナータさんにだ。


「戻りました。そちらはどうでしたか?」

「ご無事で何よりです。予定通りです」


 固有名詞の無いやりとりは、私の思惑通りに事が進んだことを表している。


 異常な魔力の小鬼ゴブリン魔術師などという誤算はあったが、実は村の小鬼ゴブリン討伐など私とロット君、自警団数名で片がつくのだ。

 この依頼自体がラゴスさんとゲイルさんからルカちゃんを引き離す、そのためのものだった。ゆえに報酬はカラヤ村からではなく、私の支度金から出ている。

 目立つ士官服でここを訪れ、わざわざ身分を明かして「裁きを待て」などと脅したのも、彼らを追い詰めて何らかの行動を起こさせるためだ。


 調査によるとあの二人は以前の私だけでなく、仲間や依頼者、無関係の民間人を何度も犯罪に巻き込んでいる。エルトリア王国直属の巡見士ルティアとなった私に調査されればただでは済まないと思うだろう。


 彼らが想定よりも愚かであれば私を消そうとするかもしれない。そう思って一応ロット君に帰りの護衛を頼んだのだが、さすがにそれは無かったようだ。

 予定通り。レナータさんの返答は、彼らがこの町から姿を消したことを示している。




 全ての用事を終えて、ルカちゃんが待つテーブルに着いた。彼女のためと思って為した事だけれど、本人はどう思うだろうか。


「ルカちゃん、あのね……」

「ユイさん、ありがとうございました」


 この子に言葉をさえぎられたのも、名前を呼んでくれたのも初めてのことだ。すぐに性格が変わる訳でも、人を信じられるようになる訳でもないだろうが、何か思うところがあったのかもしれない。


「落ち着いて聞いてね。ラゴスさんとゲイルさんはもうこの町にはいないと思う」

「……そうですね」

「気づいてたの?」

「はい。私のためですね?」

「そのつもりだけど、ルカちゃんがどう思うかは別だよね。もしかしたら迷惑だったかもしれない」

「いえ……お礼を言わせてください」


 私がやったことが間違いだとは思わない、だがルカちゃんの不安も見て取れる。身寄りのない女の子が一人で生きていくのは、もしかしたら利用され酷い扱いを受けるよりも苦しい道のりかもしれない。それでも。


「ルカちゃんには自分の力で生きてほしいと思ったんだ。魔術を自分で学んだくらいなら、きっと何だってできるよ」

「はい……」

「でも一人で生きていくのは大変だから、その指輪は私からの餞別せんべつ。魔術の媒体に使ってもいいし、魔術を学ぶための学費にしてもいい。ルカちゃんの役に立てればそれでいいよ」

「ありがとうございます。大事にします」




 うん、と頷いて席を立った。


 きっと彼女には、自身が思うより広い世界とたくさんの未来が待っている。ルカちゃんが今後どんな選択をして、どんな人生を歩むのか。それは彼女自身にゆだねられるべきだと思う。

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