第三次カラヤ村防衛戦(二)

「妖魔討伐の依頼に参りました。魔術師ルカさんを指名させてください」


 アカイア市冒険者ギルドの受付カウンターで書類に必要事項を記入し、事務員レナータさんに手渡した。


「承りました。現在ルカさんは当ギルドからの依頼はありませんので、普段でしたらそろそろ見える頃です。お待ちになりますか?」

「はい。少し待たせてください」


 レナータさんとの会話は特におかしなやり取りではなかったはずだが、奥の事務員さん達だけでなく周囲からも好奇の視線が集まっている。


 原因は私の見た目だ。金糸で刺繍が施された濃緑色の士官服、銀鞘の細月刀セレーネ。いかにも高級武官という出で立ち、それが小柄な若い娘とあっては目立つのは当然だ。好んでのことではないが、今回ばかりは外見で身分を示す必要がある。




 お茶を片手にしばらく待っていると、見覚えのある三人組が入ってきた。受付で話を聞いたのだろう、こちらを振り返る。


「ルカさんですね?エルトリア王国巡見士ルティア、ユイと申します。妖魔の討伐依頼に参りました」

「ど、どうも……」


 黒外套ローブの少女が頭を下げた。私と同じ十七歳のはずだが、小柄な体躯と細い手足のためかかなり幼く見える。ローブも目立った汚れこそないが、かなり着古しているようだ。


巡見士ルティア様直々の依頼とはなあ。運が向いてきやがったぜ」


 後ろにいた禿頭の中年男が割り込んできた。さらに後ろの痩せた長身の男は無言。


「あなた方は?」

「こいつの仲間っつうか、保護者みたいなもんです」

「仲間?利用するだけの関係は仲間とは言いませんよ。ラゴスさん、ゲイルさん」


 中年男は驚いて私を上から下まで見渡したが、思い出せないようだ。自分でも二年前とは別人のような顔つき体つきになったと思うが、おそらく同じような事件を何度も起こしているのだろう。


「私の顔も名前もいちいち覚えてはいないでしょう、ですが私は貴方あなた達のことを覚えています。自らの罪を数えて裁きを待ちなさい。行きましょう、ルカさん」




 少々強引に手を引いて、黒外套ローブの少女だけを連れ出した。懐かしくはあるが感慨のない街路を歩きつつ、振り返らずに話しかける。


 私は以前、この子と先程のラゴスさん、ゲイルさんと共に妖魔討伐の依頼を受けたことがある。

 そして……目的地にたどり着く前に旅を終えてしまった。悪くすればあの時に命を落とすか、心と体に深い傷を負っていたかもしれない。


「ルカちゃん、私のこと覚えてる?」

「はい、あの時は本当に……」

「まだあの人達と一緒にいるんだ」

「はい……」

「責めはしないよ。女の子が一人で生きていく大変さは私もよくわかる。でもこのままじゃ、利用されるだけでいつか捨てられてしまうよ」

「……」


 角を曲がり、ギルドの建物が見えなくなったところで振り返る。

 小さい。細い。目に力がない。私はこの二年余りで心も体も剣術も魔術も大きく成長したというのに、この子はあの時のままだ。


「今日はそのために来たんだ。依頼自体は隣村の小鬼ゴブリン討伐だから、順調なら三日ほどで終わる。その間に少しお話ししようと思って」

「でも……」

「私はね、あなたに今とは別の将来があることを伝えたいの。この仕事が終わって、またあの人達の元に戻りたければそれでいい。話を聞いてくれるかな」

「……はい」




 おびえた目。私の言葉はまだ彼女の心に届いていないのだろう、常にこちらの様子をうかがっている。

 私にはその理由がよくわかる。そうしなければ生きてこられなかったからだ。

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