第二次カラヤ村防衛戦(三)

「待たせたね。では始めるとしようか」


 正規軍との打ち合わせを終えたカイルさんを迎えて、再び私達の作戦会議が始まった。自警団詰所の一室に私、ロット君、カミーユ君が揃っている。


「軍は明朝、南の山にある小鬼ゴブリンの巣を討伐に向かう。今回は総員五十名のうち十名を村の防衛に回してくれるそうだ」

「無難なところですね。昨年出し抜かれているだけあって」


 少々嫌味混じりにカミーユ君が言った通り、昨年は正規軍が西の山地にある巣を討伐に向かっている間に村を襲われてしまった。おそらく南の山地にあるもう一つの巣から来たのではないか、と言われている。


「偵察隊の報告によると、双方の巣の入口に小鬼ゴブリンの見張りが確認できたそうだ。村の猟師の話も踏まえると、南の方がやや数が多いと思われる」

「数はどの程度と見積もっていますか?」

「騎士団の推測では南が二十から三十、西が十から二十というところだ。上位種の存在は確認されていない」

「村に残る戦力は、正規軍十名の他にはどれくらいです?」

「自警団二十名余りと私が残る。それからフェリオさんといったか、あの巡見士ルティア殿も待機してくれるそうだ」


 カミーユ君が私を振り返る。頭を働かせている時の彼はいつもそうだが、どこも見ていないような目をする。今も私の顔を見ているようで、おそらく見えていない。思考には視覚が邪魔と言わんばかりだ。


「ユイさん、フェリオさんは腕が立つんだね?」

「うん。私達よりずっと」

「なら、昨年のように小鬼ゴブリンの上位種や食人鬼オーガーが来ても何とかなりそうだね。カイルさん、確認しますが小鬼ゴブリンの巣は全て叩いてしまって構いませんね?」

「ああ。奴らを甘く見ていたせいで昨年は被害を出してしまった。中には反対する者もいるだろうが、後のことは私が責任を持つ」

「わかりました。では僕らの作戦を説明します」




 既に正午を回っているが、私とロット君は村の猟師さんに頼んで、西の山地にある小鬼ゴブリンの巣まで案内してもらった。カミーユ君から今日中に済ませておくべき任務を任されたからだ。


「あそこ、洞窟の入口に見張りが二匹いるだろう?」

「あ、本当ですね。気づかなかった」


 私もロット君も隠密行動など慣れていないし、軍学校でも教わっていない。やはり本職の方を頼って良かったと安堵あんどする。


「じゃ、行ってくる」

「気を付けてね。こっちも準備を進めるから」


 ロット君が茂みをかき分けて巣に近づいて行く。体が大きくて、そそっかしくて、脳みそ筋肉の彼は最も隠密行動に向いていないたぐいの人間だが、今回の作戦はそれほど難しくない。

 任務を継続できないほど早々に見つかったりしなければいい・・・・・・と思っていたのだが、下草に足を取られでもしたのか、派手に転んでがさがさと大きな物音を立ててしまった。見張りの小鬼ゴブリンが顔を見合わせる。


「ええい!これでもくらえ!」


 開き直ったロット君が立ち上がり、短剣を投げつける。当初の予定よりも多少距離が遠かったが、それは『狙い違わず』小鬼ゴブリンの顔をかすめて洞窟の壁面に突き立った。見張りの小鬼ゴブリンが洞窟の奥に向かって警戒の声を上げる。


「どうだ、上手くいったろ」


 どこまで本気なのか、駆け戻ってきた彼は得意気に笑ったが、私にそれをとがめる余裕はない。


「内なる生命の精霊、来たりて我と彼の者を結ぶ糸となれ。【使い魔ファミリアー】」


 【使い魔ファミリアー】は、一日だけ小動物を従属させるとともに五感を共有する魔術。

 近くを飛んでいたからすを従属させたのは良いが、なにしろ軍学校の授業でかえるに一度使っただけで習熟していないためか、かなり扱いが難しい。

 空飛ぶからすの視覚と私自身の視覚が入り混じって、歩くこともままならないほどだ。からすの方も混乱したのだろうか、空中で姿勢を崩して余計に視界が乱れる。


 仕方がないので目をつむってからすの操作と偵察に集中し、猟師さんに手を引いてもらって、ロット君に後方の警戒をお願いしてようやく歩き出した。


「どうだ?追手が来そうか?」


 使い魔となったからすの視覚を使って上空から偵察すると、洞窟から数匹の小鬼ゴブリンが出て来て周囲を警戒しているようだ。短剣と鞘を見つけて何やら騒いでいる。


「ううん。五、六匹ほど出てきたけど、こっちには来なさそう」

「さっきの短剣は?」

「中から出てきた小鬼ゴブリンが持ってる。鞘も見つけたみたい」

「そうだろ、わざわざ地面が出てるところに落としたからな」


 ロット君が投げた短剣には物品の現在地を特定する【位置特定(ロケーション】の魔術を掛けてある。

 立派な短剣を拾って使うような個体はまず間違いなく戦闘要員だから、明日も主力として行動するはずだ。その位置を特定できれば、彼らの動向がある程度わかるだろう。わざわざ小鬼ゴブリンが好みそうな装飾過多の短剣を購入した甲斐があったというものだ。


 いつものように雑な行動で任務に失敗しかけたロット君が胸を張る理由がわからないけれど、ともかく明日の準備は整った。

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