第二次カラヤ村防衛戦(二)

 私は少々緊張している。腰に縛り付けた布袋の中に二十四万ペルもの大金が入っているからだ。


 汗がにじむ手で布袋を握りしめ、挙動不審に周囲を見回す。貧乏生活が長かった私が突然こんな大金を持ったものだから、周りの人間がみんな怪しく見えてしまう。不安だからと付き添ってもらったロット君も同じような有様で、落ち着きなく辺りを見回している。


「お、落ち着けよ。何も悪いことしてないんだからな」

「う、うん・・・・・・」


 今朝のことだ、カイルさんからずっしりと重い布袋を渡された。中身の金貨銀貨に驚いていると、これで足りるなら例の指輪を買い戻して来いと言う。


 例の指輪。瀕死の私を助けてくれた巡見士ルティアフェリオさんに貰った真銀ミスリルの指輪だ。魔術の媒体として最高の品だと知りながら、学費のために泣く泣く二十万ペルで質入れしたのが一年ほど前。


 二年分の学費を支払って残った十万ペル、入学前に稼いだ一万二千ペル、出発前にもらった約三千ペル、動力供給の仕事で稼いだ十一万ペル、締めて二十二万五千ペル。

 そこから軍学校での生活に使った二万五千ペルを差し引いて二十万ペル。

 それにカイルさんから今朝もらった四万ペルを足せば、十分にあの指輪を買い戻すことができるのだ。


「失礼します。親方ー!」

「おう、ロットか。久しぶりだな」


 以前ロット君が勤めていた細工屋さんにたどり着き、腰の布袋をもう一度確かめる。よかった、落としたり盗まれたりはしていない。


「以前お世話になりましたユイです。あの、指輪を・・・・・・」

「おお、あの時のお嬢ちゃんか。今度はどうした」

「あの、指輪を、これで、買い戻しに・・・・・・」


 緊張のあまり操り人形のような動きになってしまった。お金が入った布袋を取り出そうとして逆に固く結んでしまい、ようやくテーブルに載せたかと思うと今度は指に絡まって離れない。ロット君にほどいてもらってようやく差し出した。


「期限は二年のはずだったが、もう金ができたのか。少し待ってろ」


 やはり操り人形のような動作でうなずき、落ち着きなく店を見回したものの何も目に入らない。

少し落ち着けって、とロット君に言われたような気もする。やがて白木の箱が運ばれてきて、私の胸が高鳴った。


「これで間違いないな?」


 震える手で箱を開けて黒布に包まれた指輪をつまみ上げ、左手の小指にめる。窓から射し込む陽にかざすと、そこにあるのが当然とばかり青銀色に輝いた。


 やった。とうとう買い戻した。大半は両親のおかげかもしれないけど、私だって頑張った。毎日毎日学校が終わってから働いて、何一つ無駄遣いしなかったから。私は左手を全身で包み込んでしばし感慨に浸った。


「ん・・・・・・おかしいな?」

「えっ!?」


 まさかお金が足りなかった!?それとも偽物の硬貨でも混じっていたのだろうか?

 そんなはずはと、ロット君と顔を見合わせる。


「貸したのは二十万ペルだったな。それに二年分の利息をつけて二十二万ペル」

「は、はい・・・・・・」

「二十四万ペル入ってたぞ。相変わらずだなロット、しっかりしろ」

「ああああ・・・・・・」

「ふえええ・・・・・・」


 そうだった。緊張のあまり「大金」としか覚えていなかったが、袋の中には確かに二十四万ペル入っていたはずだ。二万ペル多い。私は力の抜けた手で残りのお金を受け取った。


「ありがとうございます。お世話になりました」

「おいおい、確認しないのか?三万ペル入ってるはずだぞ」

「あれ?二万ペルじゃ・・・・・・」


 慌てて袋の中身を数えると、確かに一万ペル金貨が三枚入っていた。


「一年しか経っていないから利息は一万ペルだ。締めて二十一万ペル、確かに頂いたぞ」


 私達は揃って深く頭を下げると、細工屋さんを後にした。




「お前、普段はしっかりしてるくせに、お金が絡むとおかしくなるよな」

「ずっと貧乏だったから、こういうの慣れなくて・・・・・・だからロット君に付き合ってもらったのに」

「俺だってあんな大金持ったことねえよ」


 店の前で言い合っていると、何やら辺りが騒がしくなってきた。規則正しい軍靴の音に荷車を引く音が重なる。先頭でふんぞり返るちょび髭の隊長さんに見覚えがある、エルトリア中央軍アカイア駐留部隊が到着したようだ。


 いや、もう一人、姿勢正しく最後尾を歩く人にも見覚えがある。均整の取れた身体、青みがかった鉄灰色の髪、笑うと見えなくなるような切れ長の目。


「フェリオさん!」

「やあユイ君、元気そうだね」

「はい!おかげで軍学校に入れました!」


 私は両手で握ったフェリオさんの手を勢いよく何度も振り回した。この人から貰った指輪が運命を切り開いてくれたのだ、いくら感謝しても足りない。


 その私をロット君が複雑な表情で見ていたのには気づいていた。

 だが、願ってもない再会に舞い上がっていた私は、彼の気持ちを察することができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る